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夜が明けても、部屋の空気は重たいままだった。アパートのドアはきちんと閉まっていたが、それが安心をもたらすことはなかった。陽翔が残していった空気は、壁や床に染み付いて、悠翔の皮膚の裏側まで潜り込んでいるようだった。
スマホの通知が震えた。画面には、「また出てるぞ」というゼミメイトの匿名メッセージ。そのリンク先には、いつもの告発系SNSの投稿。今回は、アパートの外階段に座る悠翔の背中と、玄関ドア越しに撮られた写真がセットで並んでいた。


“昨夜の訪問者は誰でしょう? 弟のアパート、家族の愛。#再演 #血縁の絆”




いいね数が異様に多かった。誰かが意図的に広めている。誰か――いや、“彼ら”だ。


ゼミに向かうと、いつもと同じ顔が揃っていた。だが空気はまた変わっていた。


「悠翔くん、昨日、誰か来てた?」 「また“再演”だった? ねえ、そろそろ詳しく教えてよ」


笑いながら投げられる言葉に、悠翔はただ席につく。


教授は遅れてくると連絡が入っていた。教室の鍵は閉められ、空気が静かになる。誰かが立ち上がり、悠翔の机にノートを投げつけた。


「じゃ、今週の“感謝文”よろしく。先週のやつ、結構反響あったよ?」


そのノートのページには、勝手に書かれた走り書きがあった。



“兄に触れられることでしか、安心できない。痛みの中にしか、呼吸はなかった――悠翔”




手が震える。視線を上げると、誰もが静かに見ていた。悠翔がどう反応するかを、試すように。


ふと、指先に鋭い痛みが走る。机の裏に何かが貼られていた。画鋲の頭が、皮膚をかすめていた。


耐えろ。


母の声が、幻聴のように響いた。「あの子たちも、あなたのことを思ってやってるのよ。あんたが変だから、こうなるの」


昔、冬の夜。五年生の終わりごろ。布団の中にいたはずの身体は、いつの間にか布団の外にいた。何かが触れて、押さえつけて、でも声は出なかった。


あのときも、終わったあと母が部屋に入ってきて言ったのだ。「男の子なんだから、それくらいで泣かないの」


大学の今と、子どものころのそれが、重なり始めていた。


教室の笑い声、スマホのシャッター音、そして深夜の鍵の回る音。それらがすべて、一つの線で繋がっていく。


そして、誰も止めない。誰も助けない。誰も、責任を持たない。


――だからこそ、自分は、まだ壊れていない。


壊されていないと、思いたいだけかもしれないのに。




空白の肖像 悠翔 大学編

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