勇者たちには貴族の悪行調査をお願いしているから、変装していても私が聖女だとバレているはず。
だから、聖女だのヨモツヒルイだの、どちらかなんて考えながら戦わなくてもいい。
それに、結界の強度を確かめるのに丁度いいかもしれない。
「多少は手加減を緩めても、あなたたちなら死なないわよね」
騎士団長では、ブレスなど使おうものなら一瞬で黒焦げになったかもしれなくて、使えなかったけど。
――勇者たちの攻撃を一旦受けてから、反撃しよう。
そう考えて、後ろのシェナを守るように、私は身構えて彼らの攻撃を待った。
正面の遠くに黒い人、左手方向から勇者が迫る。
結界を維持しながら、カウンターのブレスを意識していると――。
視界に捉えていたはずの勇者が居ない。
「あ、あれ?」
格下なはずなのに。
そんなことに気を取られている場合ではなかった。
黒い人が黒い光線を放ったことに、気付くのが一瞬遅れてしまった。
「うっそ……」
結界にものすごい衝撃が響き、数秒にわたってバチバチと激しく叩き続ける。
「これ……やばい?」
当たった場所には、亀裂が入った。
黒いレーザー。
それはもう二つ、続けざまに来た。
最初のは私の頭、続いた二つは胸、そしてお腹の辺りに連続して直撃した。
亀裂はまだ、致命的なほどではないけれど。
バチバチと弾けている間、視界が悪くなる。
そこに凄まじく重い一撃が、私の右側から来た。
「痛ッッッた!」
結界ごとふっ飛ばされるかと思うほどの強撃。
実際に痛いわけではないけれど、その重さを肌で感じたせいで声が出てしまった。
――パリン。と、結界がほころび始める。
「え、ほんとに?」
カウンターを放つ間もなく、勇者の姿をまた見失った。
「ヒルイ様! 上です!」
まずい、結界が割られる!
シェナの指示に反応しきれないまま――。
――がつん、という衝撃は、私の頭に直接響いた。
「う」
粉々に割れた結界の消えゆく残滓を見て、勇者の攻撃を、私は直接食らったのだと理解した。
でも、攻撃のほとんどを結界が受けてくれていたので、竜王の加護と被膜の魔法は無事だ。
これらだけで受けていたなら、私は死んでいたかもしれない。
「やり過ぎでしょ? 勇者」
お返しに、手加減ほとんど無しのブレスを放った。
勇者は以前戦った時よりも、格段に強い。
何よりも、容赦がない。
フッと吐いたお返しのブレスは、真上から来た勇者の体に直撃しているのに、効いていない。
彼は軽く押し出された程度で、私の数メートル正面に着地した。
――居座っていては、やられるかもしれない。
どちらにしても、結界の強度実験は割られて終わった。
「本気でいくから」
私は転移を使って、彼の後ろに立った。
すかさず剣を抜き放って、機動力を削ぐために足を斬る。
つもりだったのに、躱された。
反撃されては困るので、続けて転移。
十数メートル上に出て、すかさずブレスを三つ、どこからでも撃てる私は口と、両手から同時に放った。
「うがあああああ!」
ケダモノみたいな勇者の叫び声は、灼熱に焼かれる痛みからだろう。
二つを躱され、もう一つはその剣で弾こうとしたけれど、魔力で上回る私のブレスを斬れずに燃えた。
勇者は以前と違って、全身と剣を魔力でコーティングしている。
それは魔法さえ撥ね退け、そして斬ることが出来る。
けれど、同じ魔力を用いることから、魔力量の差で私の攻撃が通った。
「バカね。なんで洗脳なんてされちゃうんだか」
すぐに、火傷と一緒に治してあげようと思ったけれど、ここで私の勘が危険を告げた。
――そういえば、負傷者を助けようとしたところを狙われる。
そんな戦争映画を見た記憶が、私を少し後ずさらせていた。
案の定、バァンと空気を破裂させたような轟音と共に、勇者を中心に、爆炎の火柱が轟々と立ち昇った。
「え……残酷過ぎでしょ」
黒い人は、容赦の無さでは群を抜いているらしい。
続けて撃たれても厄介なので、即座に私は転移で彼の側面に出て、魔法を撃たせないように近接戦を仕掛けた。
斬り上げて喉を狙って、威力の高い詠唱系の魔法を封じる。
――はずだった。
「くそー、思ったより素早い」
転移を見せてしまったせいで、読まれたらしい。
そして、喉を潰されるのを最も嫌うのは当然で、対策済みだった。
魔法職とは思えない身のこなしで、バク転捻りみたいな、器用に角度を変えて距離を取られた。
「でも、させないわ」
魔力が豊富な私は、転移を連発してブレスと剣の波状攻撃を行った。
ブレスの炎は呼吸をさせないため。
剣は足と喉の、狙いやすい方を狙う。
三度目のブレスで黒い人の呼吸が尽き、次の剣で足を斬り落とした。
「やっとつかまえた。手をかけさせないでよね」
もんどりうって倒れた黒い人は、すでにヒューヒューと苦しそうな息をしている。
喉か肺を焼かれたか、何かは分からないけど。
「暴れないでよ? 洗脳から先に解くから、足と火傷は我慢して――」
彼の頭に手を触れた時だった。
「か、掛かっタな! め、めめめ女神の、ふ、封印を受ケろ!」
ニヤリと、いやグニャリと歪んだ笑みを携えた彼は、頭に当てた私の手首を掴み、もう一方の手で首飾りを取り出していた。
それを掲げた時には、すでにその言葉を発し、首飾りは煌々と光を放っていて……その光の帯が――彼の胸を貫いた。
「ぐぁ……ごぼっ」
発動の言葉を唱えた者の命を使って、動力とする代物らしい。
同時に、私はその光に包まれてしまって、どんどんと魔力を吸われはじめていた。
「これは――」
魔王さまを封じていた、その元凶?
魔力を吸い上げ、そして誰も来ないような場所に封印してしまうという、性格の悪い封印術だ。
――封じられたらどうなるの?
魔王さまは、探してくださる?
もしも見つけてもらえなかったら……一体、どれだけの年月を封じられてしまうの?
魔王さまでさえ、私が落ちて出会った時で、三十年と仰っていた。
私はそんな年月、耐えられるの?
魔力を完全に吸われてしまったら、自分ではどうすることもできない。
「い、いや。嫌よ! 止めて! 止めてよ! お願い、魔王さまと離れたくない!」
みるみるうちに、私の魔力が激減していくのが分かる。
持ってあと一分?
それとも、あと十数秒もないかもしれない。
「魔王さま! 魔王さまぁ! 助けて! 助けてください! 魔王さま!」
早く来て、私を助けて。
剣で繋がっているから、もう来てくれるかもしれない。
でも、一秒でも早く。
このままお別れなんて、絶対に耐えられない。
こんなことになるなら、この人たちを助けようとしなければよかった。
治してあげようだなんて、思わなければ――。
手加減なんかせずに、すぐに殺してしまえば良かったんだ。
魔王さま、ごめんなさい。
人間なんかに優しくするんじゃなかった。
魔王さま、魔王さま、魔王さま――。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!