「――あいたたた……」
不意に頭がズキンと痛み、そして目が覚める。
あれ、眠っていた……? それにしてはもう日が高いような……朝、寝過ごしちゃったかな?
寝ぼけまなこで周囲を見れば、そこは見慣れぬ部屋。
うーん? 少し唸りながら考えてみると、そういえば引っ越してきたことを思い出す。
引っ越してきたあとの朝……?
……しかしそれにしても、直前の記憶と言えばキャスリーンさんの傷を治したところなんだけど……あれれ?
ベッドから出ると、しっかりとパジャマを着ていた。
ここら辺も、まるで記憶に無い。
その流れで、ベッドの横に椅子があることに気が付いた。
何となく手を乗せてみると、ほんのりと温かい。少し前まで、誰かがいたのだろう。
「……はて、どうしたものか」
状況がまるで分からないので、ひとまず部屋の外に出てみることにした。
「――アイナ様!」
すぐに声を掛けてきたのはルークだった。何だか少し、疲れた顔をしている。
「ああ、ルーク。おはよー。……こんにちは、かな?」
「そうですね、もう昼なのでこんにちはですが――
……もう、お加減はよろしいのですか?」
「私、どうかしたの? 記憶があんまり無いんだけど……」
「本当に大丈夫ですか?
昨日メイドの方々と話をされたあと、気分が悪いということでそのままお休みになられたのですが……」
「え? 自分で?」
「はい。辛そうではありましたが、昼頃にお休みになられて。
エミリアさんが心配して、ずっと看病をされていたんですよ」
「……あちゃ、それは申し訳ないことをしてしまった……」
「お医者様もいらしたのですが、極度のストレスと疲労ではないかということで……。
やはり、引っ越しの影響でしょうか」
「何だか話が大ごとになってるね……。
うーんと、詳しくはそのうち話そうと思うんだけど、これも錬金術の反動なの。
だから病気とかでは無いんだけど……」
「そ、そうなんですか?
私にはよく分かりませんが……そういうものなのですね」
「――アイナさん!」
ルークと話をしていると、階下からエミリアさんの声がした。
下を覗き込めば、水差しを持っているエミリアさんの姿があった。水を取りに行ってくれていたのかな。
「エミリアさーん、おはようございます!」
「遅いですよ!」
「確かに!」
駆け寄ってきたエミリアさんに、ルークと同じような話をする。
「……うーん、なるほど。錬金術の反動ですか。
そういえば、メイドのキャスリーンさんが泣いてましたね。薬がどうの、と言っていましたが……」
「あああ、それは悪いことをしたかも……」
「何か関係があったんですか?
それと、ミュリエルさんがとても取り乱していました」
「……何で?」
「さぁ……?
あ、そうだ。クラリスさんから『呼び出しの鈴』を預かっていたんです。
ベッドの横に置いておいたのですが」
「それって、何ですか?」
「ご存知ありませんか? 魔法道具の一種なんですけど、鳴らすと使用人に音が届くんです。
大きいお屋敷だと、とっても便利なんですよ」
「へー。ちょっと使ってみようかな?」
部屋に戻ってベッド横のテーブルを見てみると、品の良い感じのベルが置いてあった。
持ち上げて振るタイプのものだったので、ひとまずそのように振ってみる。
チリンチリン♪
心地の良い音が鳴って、その音は余韻を残しながら静かに消えていった。
「……これで良いんですか?」
「はい、大丈夫のはずです」
音自体は小さいものだったけど、これで本当に届いたのだろうか。
コンコンコン
しばらくすると、ドアをノックする音が聞こえた。
音はしっかり届いていたようだ。凄いなぁ、この鈴。
「失礼します。アイナ様、お目覚めでしょうか」
部屋に入ってきたのはクラリスさんだ。
その後ろには、キャスリーンさんとミュリエルさんが控えている。
「うん、何だか迷惑掛けちゃったみたいでごめんなさい」
「とんでもございません。それよりも、お加減はいかがですか?」
「病気とかじゃないから大丈夫。理由は分かってるから、もう問題ないよ」
「アイナ様、やっぱり私の薬が――」
「アイナ様、やっぱり私の紅茶が――」
キャスリーンさんとミュリエルさんが同時に聞いてきた。
「……紅茶?」
私がまず反応したのは、想定外に出てきた紅茶の方。
「や、やっぱりアレにあたったんですか!? 申し訳ございません!!」
ミュリエルさんは絶望の表情を浮かべながら謝り始めた。
なるほど、私の体調不良の原因を、自分の淹れた不味い紅茶のせいだと思ったのか……。
「ああ、違う違う。紅茶じゃないから安心して?」
「ほ、本当ですか!?」
ミュリエルさんの顔は、見る見るうちに明るくなっていった。
もしかして一晩悩ませてしまったのだろうか。そうであれば、かなり申し訳ないところだ。
「それでは、やっぱり私の……」
悲痛な声を出しながら、キャスリーンさんが言う。
「あー……。えーっと……」
……さて、どうしたものか。
しばらく考えたあと、キャスリーンさん以外の人には部屋から出て行ってもらった。
「えっと、キャスリーンさん。
正直を言えば、確かにあの薬を作るためにこうなったんだけど……」
「は、はい! ……申し訳ございません」
「でも、私はこうなることが分かってたから。分かってた上で、そうしたの。
だから、これはキャスリーンさんのせいじゃなくて、私のせい」
「で、でも……」
「うーん。
キャスリーンさんの泣き顔を見るためにやったんじゃないんだけどなぁ……」
「ふぐっ。申し訳ございません……」
……ああ、堂々巡り。
「だから、泣かないのー。
そうだ、申し訳なく思うならさ、ひとつお願いを聞いてもらっても良いかな」
「は、はい! 何でも承ります!!」
「絶対に?」
「はい、絶対です!!」
「それじゃ、思いっきり笑ってくれる?」
「……え? そ、それは――」
「絶対じゃ、なかったの?」
「か、かしこまりました。それでは――」
キャスリーンさんは自身の頬をむにむにと触ってから、とびっきりの笑顔を見せてくれた。
「……はい、良くできました!
それじゃそのまま、仕事に戻る!!」
「は、はい!!
ありがとうございましたっ!!」
キャスリーンさんはドアの前で大きくお辞儀をしたあと、小走りで部屋を出ていった。
そのあと少しすると、エミリアさんがドアの向こう側を眺めながら部屋に入ってきた。
「……大丈夫でしたか?
キャスリーンさん、笑いながら泣いてましたけど……」
「あー、うん。多分……。
そうそう、エミリアさん。また看病してくれたそうで、いつもありがとうございます」
「あはは、確かに『また』ですね。
アイナさんの寝顔を見ながら、ガルーナ村のことを思い出していましたよ」
「ガルーナ村ですか。いやー、懐かしいですねぇ……」
「そうですねぇ……」
何となく二人でしんみりしていると、不意に腹の音が鳴った。
どちらということはなく、まさに二人同時のタイミングだ。
「……そういえば、お腹が空きましたね」
「アイナさんは、丸一日食べていませんからね……。
それじゃ、昼食のお願いをしてきます!」
「そっか、食事のお世話もしてくれるんですよね」
「ですです! では、行ってきます!」
そう言うと、エミリアさんは部屋から出ていってしまった。
……何だかんだで、とても頼りになる人。
はぁ、一家に一台欲しいってやつだね、まったく。