一昨日の総合格闘部部長の様に殺意の波動に目覚めかけている俺は、昼休みに入りすぐに教室を飛び出そうとしたが、三学期に入ってからずっと休んでいた井藤君に声を掛けられる。
「やぁ、小野麗尾君。急ぎの用事があるみたいだけれど少し話に付き合ってもらえないかな?」
「……すまん。無理だ」
「掲示板の新聞の事で聞いておきたい事があるのさ。僕のハニー達が怖がってしまってね」
無理だといったろうが! 一刻も早くあの新聞の”本紙記者”さんとOHANASHIをせねば!
コイツの婚約者と恋人の事など今は心底どうでも…… いや、まて。クラスメイトがコッチを見ている。
注目を集めている今なら、コイツへの説明と言うカバー付きで新聞の内容を否定できる機会となる。
一クラスと言う限定的な効果範囲だが、この機会を逃せば次の釈明の機会は何時になるか。
だが、放課後が清掃活動で潰れる今、この時を逃せば今日は”本紙記者”を捕らえる事が難しくなる!
悩んだ挙句、今回は説明を選択する。
対処が後になればなるほど噂は強度を増し、真実が嘘・誤魔化しに聞こえるのは中学時代に経験済みだ。
“本紙記者”め、運が良かったな。だがキサマに明後日の朝日は無事に拝ませねーぞ……!
「……なら、仕方が無いな。どういった事を聞きたいんだ」
「忙しい所にすまないね、話を聞いてくれてありがとう。ハニー達のクラスでも噂になっていて、まるで君が殺人鬼の様な扱いになっていたのさ。聞きたい事なんだけど、三学期が始まってから小野麗尾君が何をしたのか、どうしてそれをしたのか聞きたいんだ」
ウチのクラスの皆も聞きたいけど聞けていないようだしね、と付け加えられた。
聞いてくれれば答えたけど、そもクラス内で話す人がいないからなぁ。
一昨日から拳道が話しかけてくるようにはなった気がするが。
そういえば拳道も当事者だしアイツ経由で聞いたのはいなかったのか?
「……拳道から話を聞かなかったのか?」
「もちろん聞いてみたさ。でも拳道くんも三学期まで君と関係性が無い様に見えたし、聞けるのも彼からの視点の内容だ。やはり、詳しく聞くなら君から直接聞いてみた方がいいのさ」
「……そうか」
まぁ、本人から聞けるならそれに越した事は無いだろうってのはわかる。
「まぁ、そういう事なら……」
俺は、拳道との遣り取りから始まった一連の出来事を井藤君に話した。
拳道から試合の申し込みがあった事、
総合格闘部の顧問の提案で、超実戦形式の”死合”になった事、
当日の”死合”の内容、
翌日、この事が噂になったのでクラスが異常な空気になったので一芝居打った事。
「……で、結局罰として反省文の提出と、放課後の清掃活動が義務付けられた訳だ」
「ふむ。何とも二学期までの君からは考えられない出来事だねぇ。君ならそもそも拳道君の申し出から断りそうなものだけど何かあったのかい?」
「……いや、きっかけになったイベントの本選が対人戦になっていてな。すこし経験を積めればと思っただけだったんだが」
「おや、冒険者同士ではそういう試合はあまりしないのかい?」
「……他の冒険者は知らないが、俺にはそういう事をする知り合いは居ない。サマナーでやって行く積もりだからあまり付き合いも無いしな」
そも、他の冒険者の知り合いがいない。
……ウカツ! よく考えれば冒険者にも女性はいるんじゃないか!?
くそっ、何というミスを! 身近な所に拘り過ぎたか!?
冒険者パーティ用の出会いサイトは無いか帰ったら調べなければ!
「なるほどねぇ。そういう事だったのかい。最後にもう一ついいかい?」
「……何だ?」
「君は、クラスメイトが嫌いじゃないのかい? 君はどうにも最初からクラスに馴染めないというより馴染もうとしていなかったからね」
馴染もうとしていない、か。その通りだな。
中学の時、クラスの人間が集団感染の様に”空気”に染められていく様を見ていなければ、あるいは俺は今も冒険者にならず”普通の学生”として恋愛を求めたのかもしれない。だが「クラスメイト」という肩書きは俺にとってもう、信用も価値も無い「その他大勢」と限りなく等しい括りになってしまい、今となっては、もう……
「……別に、嫌いという訳じゃない。何か迷惑を掛けて来なければ、俺だって何もしないし。口も利きたくないとか思っている訳でもないから今もこうして井藤君と話している訳だが」
「そうなのか。 ……話を聞かせてくれてありがとう、ハニー達もこれで安心できるだろう」
「……どうでもいいんだが一つ別件で聞いていいか?」
「何だろうか? 君も話してくれたし僕も何でも答えよう!」
「……井藤君は、何で昨日まで休んでいたんだ?」
「ああ、その事かい? いや、恥ずかしながらね」
「ちょっとハニー達と、些細なすれ違いがあって二人に刺されてしまったのさ」
傷は大した事が無かったんだけど念の為にね、と若干恥ずかしげに語る井藤の声に合わせて、ナイスな船の汽笛が何故か遠くから聞こえてくる気がした。
「……それは、大丈夫なのか?」
「ああ、傷は手術ですぐに塞いでもらったし、幸いにも二人の誤解も解けたしね。むしろこの件で僕らの愛は一層深く、そして強くなったのさ!」
「……話したくなければ別に話さなくていいんだが、どんな誤解があったんだ。女性二人に刺される誤解というのが想像もつかないんだが」
今のところ、女性一人に刺される見込みも無い俺には本当に想像が付かない。
「ふっ……」
髪をかき上げる井藤君。
「いや、これは他の誰でもない神の罪とでも言うべきものでね」
神の罪とか、でかいな!
「冬休みのパーティーで、国外のある御令嬢がこの僕に懸想されてしまってね。その御令嬢は世界でも有数の資産家の御息女で、ハニー達が自分達が僕に捨てられてしまうのではと思いつめてしまったのさ! もちろんそんな事は無いのだが! 嗚呼! 何ということか! 僕がこんなにも完璧な存在であるがゆえに、三人の女性に愁眉を齎してしまうなど! 神は何故こんなにも僕を完璧な存在として世に送り出したのか!? 僕は!!! そして神は何と罪深き存在なのか……!」
そっかー。俺がご近所のお嬢ちゃんへの対応に四苦八苦している時に、井藤君は存在がファンタジーな御嬢様の対応に四苦八苦していたんだね。相変らず三人は仲良しなんだね。そして、御嬢様とも仲良くなりそうなんだね。井藤君はハーレムが得意なフレンズなんだね。すごーい……
そのあとも昼休み中に井藤節を延々と聞かされた後、俺の心に燃え盛っていた殺意の炎は絶え、男としての敗北感が心の隅々に広がっていた。
「口も利きたくないとか思っている訳でもない」と言ったな。
騙して悪いが井藤君とはもう二度と口を利きたくないよ!ヽ(`Д´)ノウワァァン!!!(高校入学から二十度目
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!