テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ただ宇宙の広がる遠くの空を眺めて、何かあれば壺浦と雑談して、それだけをして過ごす。そんなことを繰り返す。
配信をなんとなくつけとく日もあれど、そこは変わらなかった。自分のように置いていかれた存在が、たまらなく同情を誘うのだ。
「毎日ロスサントスに来て、楽しいことねぇだろ。俺しかいねぇぞ。」
ある日はそんなことを言われた。
「楽しくなくても、来なけりゃ気が狂っちまうからしょうがない。壺浦、知ってる?夢の世界も、ロスサントスみたいな有様になってるんだワ。」
おちゃらけた様子で言えば、壺浦はどことなく苦笑した。彼らしさの抜けた姿は、俺が操作していないときの素なのか、とうに狂ったのか。
「なんて可哀想な魂〜。」
どこかの洋画を彷彿とさせるようなハミングに乗せた言葉。さすがは俺のキャラクターだ、いくらか感心したところで、ソファに寝転がった体を起こした壺浦。
「てことはさぁ、ロスサントスが廃れた原因も、現実世界に人がいなくなったからってことだろ。」
やられたなァ、なんて嘆く壺浦に、俺は頷く。頷く以外の行動が許されなかった。
返信の届かないメッセージアプリを何度見返しても同じ事。開かない扉の代わりに、開いた窓から外に出ようとする。
数メートルの高さから落ちた体だが、不思議なことに痛みさえもなく、ただ地面に足をつけた過去。
奇怪な現実から目を背きたくても、嫌でもそこにある独りが、劈くように皮膚を刺激した。
現状を変えようとしなかったわけではなく、諦めたのだ。
オンラインプレイゲームの人口は一人、描画範囲外に出たみたいに進めない道、いつもの配信をしている時間帯のまま動かない時計と、空。狂うほど見てきたこの真夜中の空。いつしか、意味のない背景として見ていた。
「壺浦は、昔に戻りたい?」
「…愚問だな、どうだっていいぜ。今も昔も、あんま変わらんし。どっちにしろ、アンタがいないとキャラクター選択画面から動けない。慣れってのは恐ろしいな。」
「同僚に愛着はねぇの?」
「陶器にしか見えなかった。」
埒が明かない。こちらが言ってしまいそうになって、口を結んだ。
深緑の髪をぐしゃぐしゃに乱したって変わらない現状。焦る必要もないし、時間すら動かないのだが、それでも心の焦燥は増していくばかり。壺浦は無関心、残りは自分。ぐちつぼという人間一人。
すっかり背もたれに沈んだ体。デスクに置いたペットボトルを口元に持っていき、一口飲む。変哲もない水である。
画面の…いや、もはや画面の奥であろう。画面の奥に広がったロスサントス。壺浦は何をするでもなく、ただソファに座って時間が経つのを待っているだけ。気狂いだと思う。
「お前が生まれてから、何年?」
聞けば、案外すぐに返ってくる。
「210と、一ヶ月と2日と3時間。」
210日なのか、210週間なのか、210ヶ月なのか、210年なのか。データに刻まれた、意味のない数字。
とにかく、それくらい彼はこうして、専ら時間が経つのを見守っているのだ。今だけは、その精神力が欲しくてやまない。
有耶無耶に、ぐしゃぐしゃに考えた。こうやって、何年経ったか分からないくらい。
相変わらず、壺浦は存在している。彼には何が見えるのか。
きっと、自分のいる荒廃したロスサントスが、かつての夢の街であり、キラキラと輝いた星群の一つにでも見えている。だから、こうも動じずに生きているのだろう。
であれば、俺がやれることはコレなのだ。
「リピートアフターミー!この世界は素晴らしい!」
「畜生、魂が狂っちまった。」
彼に言われるのは些か不愉快だが、確かに、気狂いのすることだと思った。が、やるだけ価値がある。無意味でも、無意味だったという答えが得られるのだから、無価値ではない。
「ハイッ、壺浦くん!リピートアフターミー!」
「はい、壺浦くん、リピートアフターミー。」
「そこじゃないな…そこじゃない…。」
「埒が明かねぇ。」
はしゃぎすぎた。息を切らし水を口に含む。画面に映った壺浦は呆れた顔をしている。
「アンタなあ、自己暗示するのはいいが、こっちまで巻き込むなよ。」
未だ飲み込んでいない水分を口の中で遊ばせながら聞き流す。開けない口で唸ったりしていれば、壺浦は深い溜息をついた。喉仏を動かす。
疲れた目元に気づき、眼鏡を外した。眉間らへんをマッサージしていくが、一向に疲れは取れない。まぁ、いつもと変わらない。
諦めて背もたれに体重を預ける。かけ直した眼鏡からは、見飽きた部屋が見えた。
いったい、いつになれば楽しくなるのだろう。どうにも気分は変わらない。やはり、壺浦は気が狂っている。
「…こっちまで巻き込むなって言ったところ悪いけどさ、無茶苦茶なことしていい?」
数分が経った後、俺は、そう静かに口を開いた。
壺浦は訝しんで
「ダメだ。」
と即答をする。そうして、続けて彼は言う。
「この街には、人はいなくても全部が揃ってんだ。」
その表情は全く、苦痛が見えなかった。見事で正確な微笑さえ浮かばせて、なんとも満足げである。
それを、ただ見つめた。
「へぇー。」
相槌は打ったが、聞こえた自分の声は味のしないものだ。
そうして、俺はモニターに手をかざす。指の隙間から垣間見える壺浦は、こちらなど目もくれず、瞳を伏せていた。
モニターを指で突いても、骨とかが悲鳴をあげただけで、これといった進展はない。とにかく、痛い。思い切りのよい動きで突いたので、突き指でもしたかもしれない。
「何してんだ。」
壺浦は聞いた。
「え、見えてんのぉ?」
「もちろん。」
気まずいような、小っ恥ずかしいような気持ちだ。まったく、情けない。今更壺浦に良いところを見せたいわけではないが、恥ずかしい。
それとして、彼はどういうふうにこちらを見ているのだろう。
「とりあえず、さ。手だしてみて。」
「なんでだ?」
「おいおい、俺に手を預けろよっ。」
「背を預けろ、とかじゃなくてか。まぁいいぜ。」
押し問答のあと、渋々手を伸ばした壺浦。
しめしめ、と近くに硬いものがないか探す。一分もかからず手に取ったのは自身のスマホ。誰とも連絡が取れず、スマホゲームすら遊び飽きた今だ。ただの長方形にすぎない。
そうして、スマホの角が液晶にぶつかるように腕を振りおろした。
鈍い音が部屋中に轟く。一発では割れなかった画面がおかしな色をして荒ぶる。署内のソファや机、壺浦までも。
2発、3発と殴って、ようやくヒビが入るモニター。随分と頑丈なパソコンだ。
4発、5発、液晶の破片が当たりに飛び散り、自身の手を傷つけた。スマホの画面も、衝撃によってクモの巣みたいになってしまった。
「パソコン壊すなよ。壊されたら、俺が危ないんだぞ。」
彼は睨んだ。口元も歪ませていたが、俺には俺の考えがあるからやめない。
少々、というより、身を投げるよりもぶっ飛んだ作戦であるが、今を鑑みてどうこう言ってられるような精神状態ではないことは、確かだ。
ヒビ、一部分の剥がれた液晶。よく見れば、その液晶と中身とで隙間があって、俺は理解した。
マルチバース、並行世界、別世界、パラレルワールド。横文字が多くて、どれがどれやら分からないけれども、どちらにせよ、それらとココを繋ぐ扉は、すぐそこにあったのだ。
同じように、手を突っ込むみたいにして液晶を触った。
「…っ!ビンゴ!」
今度は手を傷つけることなく成功したのだ。液晶に触れた指は、どんどんと液晶に取り込まれていく。
割れた液晶の間を縫って見えた壺浦の顔は、目を瞑ってしまうほど、驚愕に染まっていた。
壺浦匠はゲームの世界になど生まれていなかった。
産み落としたのは、この俺であるが、壺浦匠のいるロスサントスは、データや回路の羅列なんかではなく、ただの異世界。
それぞれの人間が、人形のようになった世界…ということだろう。
そして、きっと、他のゲームにも世界が存在した。それぞれの世界が異世界で、遥か遠くの宇宙に存在している。全てが繋がったわけではない、まったく現実味を帯びていないし、分からないことはもちろんあれど、もはやそれしか信じられない。
伸ばされた壺浦の手を掴む。確かに触って、掴んで、触覚は刺激された。
どこかにあるだろう、ロスサントスの空気。それらを今、自分の手で触ったのだ。
力強くに引っ張って、根まで引っこ抜くくらいの感覚で。
「おわっ、おお…!?」
モニターから壺浦の手を引っ張り出したとき、割れた画面の尖った部分が、彼の皮膚を破っていく。
背筋が凍って、体感温度が10度くらい下がった感覚。
破られた彼の皮膚から、赤い液体が漏れ出ていたので、先程の水が胃を通して、口からまろびでそうのを我慢して顔を背ける。けれども、引っ張ることはやめない。
閉じられた視界で、ただ耳を澄ましながら引き続き引っ張る。
鋭い音があたりに響いたり、なにかがばら撒かれるような音も聞こえる。聴覚が冴え渡っていて、おまけに脳もいくらかアドレナリンが出ていた。今、壺浦を引っ張ったことでなにか惨いことが起きていたら、本当に不快だ。
2分くらい経てば、缶の転がる音と、何かの物音が響く。
「…テッ…メェ、随分乱暴に扱ってくれるじゃねぇか。」
いくらか近いところで、そう怒号が聞こえた。パソコンを挟んだ声質とは明らかに違う自分と同じ…否、壺浦の声に、ようやくこちらに来たのだと分かる。
安堵するのも束の間だ。まだ目は開けられないのだ。
「血!オメェ血拭けや!!ふざけんじゃねぇぞ、マジで! 」
「こっちのセリフだろうが、ボケェ!元はと言えば、テメェのせいだろ!!」
返す言葉も見つからない。ごもっともだが、血液はいただけない。
「…ハァ、拭いた、拭いたから。これでいいか。」
かすかにまぶたを開く。相も変わらぬ月明かりの部屋に、掠れた赤いシミの付いたシャツの、日焼けた男性がそこにはいた。
「…はぁ、マジ。」
嘆く壺浦に、ただ嘲笑うことしかできなかった。
コメント
1件
うわあああああ!?!?壺浦をモニターから引きずり出すシーン、手の皮膚が破れて血が出るところとか生々しすぎて背筋ゾワゾワした😭💦 でも「ビンゴ!」って成功したときの高揚感と、現実に引き出した後の罵り合いのくだりが逆に安心するっていうか…二人の距離感がめちゃくちゃエモいっす…!! これは続きが気になりすぎる…!!
50
1,557