僕は日向の元まですぐに駆け寄り、彼の肩を掴んで揺らした。
「知ってるんだな? 月夜さんを!!」
「ああ、知ってる知ってる! だから、落ち着け!!」
僕はすぐに彼から手を離し、謝った。彼は快くそれを許してくれて、そして話し出した。
「俺が秋風さんに会ったのは、先週の水曜の朝からだ」
先週の水曜というと、僕が始めて会った日の翌日、のハズだ。会っているのが彼とは違い、夜だから感覚にズレがある。
「最近、真昼の奴が早起きして勉強しててさ。それでさ、朝ランニングしてたら、窓から手を振ってくれるんだ」
彼は少し気持ち悪い笑顔でそう言った。
良かった。こんな陽キャでもこういう時は、気色悪い笑い方をするものなのか。
「それが嬉しくて、ここらへんを走ってて、それで秋風さんと会った」
「て事はお前。好きな人がいるのに、ハグしたりキスしたりしたんだな」
僕が普通にそう思って言うと、ポカンとした顔を見せたあと、高らかに笑った。
「暗夜って面白い奴だったんだな。まさかボケるとは……ぎゃははははっ!!」
『ボケ』と思われたという事は、月夜さんは彼とは、そういう事をしていなかったのだろうか。
余計にわからない。彼女は何をしたいのか。
というか、それにしてもコイツの笑い方は変だな。容姿は良いのにスゲー勿体ない。
「あー、笑った笑った! よし、話を戻すぞ。俺はそこで秋風さんと恋バナしてた」
いかにももう、笑い終わったような言い方だが、まだたまに広角が上がりそうになっている。
そんなツボるほど、面白くはなかったろ。
「恋バナって、全部お前の恋愛相談だろ」
僕がそう言うと、彼は目を真ん丸にした。妙にまばたきが多い。
ははーん。これは、 予想的中ってやつだな。
「まあ、そこそこ秋風さんの話も聞いてたぞ。恋愛絡みでは無かったけどな」
「ふーん。じゃあ、仲良かったのか」
「そこそこな。というかそれより、俺はお前と秋風さんの関係が気になる!!」
なっ、まったく考えていなかった。僕と秋風さんの関係。仲が良いとか、恋愛関係とか、そういうんじゃない歪な感じ。それをそのまま伝えたく無い。
「んー。まあ、寝れない時に。ちょっと話した。それぐらいの関係だよ。はははっ……」
自分で言っていてわかる。これはすごく怪しい。目線とか泳ぎっぱなしだし、汗は凄いし、話し方はカタコトだし。
「そっか、お前もそこそこの関係かー」
意外にも彼はいつも通り、能天気な事を口にした。もしかして、コイツって鈍感系なのか。
さっきのわかりやすい反応を見る限り、嘘をつけるような奴ではないのだろうし。
前から悪い奴でないとは知っていた。でも、それかどころか、コイツは、凄い良い奴じゃないか。
「あっ、じゃあ俺はそろそろ。真昼のとこ行かねぇと」
日向はそう言って、手を振った。それを僕はすぐに追う。
「僕の家、真昼の家の横だから一緒に行くよ」
「は!? マジで? 良いなぁ〜」
僕らは日の光に向かって歩き出した。
蝉はまだ鳴いていない。