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ゆずき
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病院に着き、慌ただしくタクシーを降りた私は、正面入り口がもう閉まっていたため、夜間受付の入り口に向かって走った。
息を弾ませながら自動ドアを抜け、突き当りにあった受付に真っすぐ向かい、そこにいた紺色の制服を着た女性に訊ねる。
「すみません、杉本碧斗の病室を教えて頂きたいのですが」
「杉本碧斗さん、ですか」
「今日事故に遭って、こちらに運ばれたらしいと聞いて、それで……」
女性はパソコンを操作し始めた。手を止めて画面から目を上げ、私に訊ねる。
「杉本さんのご家族の方ですか」
一瞬返答に迷った。家族以外は通してもらえないような気がしたため、私は「はい」と答えた。
そのおかげか、碧斗がいるはずの病室をすんなりと教えてもらうことができた。そこを目指して、私は小走りで院内の廊下を進み、エレベーターを使って上階へ向かう。エレベーターを降りて辺りを見回し、ナースステーションを見つける。
息を整えてから、目が合った看護師にどきどきしながら声をかける。
「あの、杉本碧斗の家族の者ですが」
ここでも友人ではなく家族ということにしてしまった。しかし、看護師が疑問を抱いた様子は見られない。
「あぁ、杉本さんの。今、お母様が付き添っているはずですよ」
「ありがとうございます」
私は礼を言い、早速教えられた病室に足を向けた。着いたそこは個室だった。
「ここね……」
私は恐る恐るドアを引き開けて足を踏み入れた。
窓側に寄せてベッドが置かれており、そこに、頭に包帯を巻かれ、ギプスで足を固定された碧斗が眠っていた。
その傍らの椅子に背中を丸めて座っていたのは、彼の母親だ。
「おばさん……」
できるだけ静かに声をかけたつもりだったが、彼女は私の声にびくりと背を震わせ、勢いよく振り返った。私を認めた途端、驚きに目を見開き、かすれ声でつぶやく。
「詩乃ちゃん、どうして……?」
私はゆっくりと彼女の傍に近寄って行く。
「碧斗が事故に遭ったって、お母さんから聞いて、それで……」
「そう……。来てくれてありがとね。ごめんね、驚かせたね」
「うん、すごくびっくりした」
私は短く答え、それから碧斗の顔を眺めた。目を閉じている様子に柚乃の時のことが思い出されて、胸が苦しくなる。
「それで、碧斗の容態はどんな感じ?特に面会謝絶ってわけじゃないみたいだけど……」
碧斗の母はまだ涙の残る顔で説明する。
「警察の話では、相手は原付バイクだったそうなの。何かの操作がうまくいかなくて、暴走したらしいわ。それが向かった先に、ちょうど道路を横断中だった碧斗がいて、それでぶつかったってことみたい。足を骨折して、頭も打って、まだ目を覚まさないけれど、脳出血はしていないから、時間が経てば意識を取り戻すだろうって、お医者様が……。とりあえず、命に別状はないってことだから」
彼女の話を聞き終えて、張りつめていた緊張の糸がぷつんと切れた。全身から力が抜けて、へなへなとその場に座り込んでしまった。
「し、詩乃ちゃん!大丈夫?」
碧斗の母が慌てて椅子から立ち上がり、私に手を差し伸べた。
「ご、ごめんなさい」
私はその手を取り、のろのろと立ち上がる。
彼女は私の背を支えて、自分が座っていた椅子に導く。
「すごく心配してくれたのね。ありがとう」
「ありがとうなんて、そんなの当然だもの……。あの、その時って、もしかして私との約束に向かう途中だったの?」
「今日は、詩乃ちゃんと花火を見に行く約束をしていたんだったわね。でも、違うからね。その前の話だからね。約束までまだ時間があるから買い物してくるって言って、出かけた時のことなのよ。だから、詩乃ちゃん。間違っても私のせいかも、なんて思わないでね」
彼女は別の椅子を私の隣に持って来て座る。
「それにしても、まったくもう本当に、こんなに心配かけて……。無事が分かった時は、私もさっきの詩乃ちゃんみたいになったわ」
ため息をついてから、碧斗の母は私に疲れた笑みを見せる。
「詩乃ちゃん、もう大丈夫だから、今日は帰っていいよ」
「私、もう少しここにいちゃダメ?」
疲れ切った様子の彼女のことが心配だった。
「何かできることがあれば、手伝うよ。遠慮しないで、なんでも言って?」
「ありがとう」
彼女は礼を口にしてから、ふと何か思いついた顔をした。
「そうだわ。碧斗の会社に連絡しておかないといけないわよね。詩乃ちゃんがいてくれる今のうちに、電話してこようかしら」
「時間的に、電話はもう繋がらないかもしれないよ?明日の朝でも大丈夫じゃない?」
「うん、でも一応ね。詩乃ちゃん、悪いけど、もう少しだけここにいてくれる?」
「もちろんよ」
「ナースステーションの向こう側に、電話できる所があるはずだから、そこに行ってかけてくるわ」
「ついでに何か口に入れてきたら?もしも必要な物があるなら、今のうちに行ってきてもいいし」
私の提案に彼女はためらい顔を見せる。
「そんなの悪いわ」
「遠慮しないで。うちのお母さんだって、きっと、手伝って来なさいって言うと思うもの。それに、おじさんは、まだこっちに戻って来ていないんでしょ?」
「警察から電話があった後すぐに連絡した時は、今夜中に帰るって言ってたんだけど、たぶん、こっちに着くのは深夜過ぎになるかもしれないわ」
「そういうことなら、せめて今くらいは何か私に手伝わせてください。とは言っても、私にできることなんて、そんなにないと思うけど……」
すると彼女は表情を和らげ、小さく微笑んだ。
「ありがとう、詩乃ちゃん。それじゃあ、ちょっとお言葉に甘えさせてもらってもいいかしら。必要な物は明日取りに行くとして、私はひとまず電話してくるわ。その後、何か食べる物を買ってくることにするわ」
「行ってらっしゃい。慌てなくて大丈夫だからね」
「ありがとう。行ってくるわ」
申し訳なさそうに言いながらも、どこかほっとした表情を浮かべて、碧斗の母は病室を出て行った。