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妖怪ウォッチ
nmmn : 何でも許せる方向け :
人間 and 江戸初期パロ
ある日の昼。この日は土蜘蛛の仕事も休みで、同業者の《酒呑童子》と話していた。意識せずとも、町中の道中を歩いているつもりが、《喰ゐ処》へと向かっていってしまっている。酒呑童子を含む知り合いには、誰にも和菓子屋の花娘が好きなことは伝えていない。酒呑童子相手には、緊張もせず話せる。暫しの沈黙を過ごしたあと、話し始めたのは酒呑童子だ。
「お前ェ〜〜、和菓子屋の別嬪サンが好きだと聞いたが⋯どんな姫君なんじゃ?」
その質問をされたとき、急に土蜘蛛の背筋が伸びた。何故誰にも話していないのに此奴は知っているんだ⋯!という顔をしている。それに反して、酒呑童子は酒の匂いを土蜘蛛に嗅がせながら顔を覗いた。酔っているときの酒呑童子は、いつにも増して声が低くがらついている。覚束ない歩き方も気になるが、改めて聞いてみる。
『なぜそれを⋯知っている?』
「なぜって⋯大ガマがいつも和菓子屋の女ばっか見てて、何か渡してた⋯って 言ってたからな。」
『⋯そうか。彼奴⋯!』
照れたように頬をわざとらしいほどに染める。酒呑童子はこれ以上面白いものはない、というほどに爆笑している。土蜘蛛は、落ち着いており、余裕があって大人びているので、こういう年齢相応の少年らしい表情をすることはあまりない。土蜘蛛は周囲(特に酒呑童子や大ガマ)にいじられているが、なかなかいじりやすい話題はなかったのである。だが、今。ようやく来たな、ということを示唆するこのひどい笑い声には、土蜘蛛は照れ隠しが効かなかった。
「嗚呼。お前には教えてやる。彼奴(大ガマ)には秘密にしていてくれ。⋯あの御仁は、とても可愛らしく甘い顔立ちに声を持っており、さらにはいい香りを燻らせ、菓子の腕前すら見事だ。しかも⋯。」
『わかったわかった!このままだとずっと喋り続けそうじゃからもう勘弁してくれ。』
「好きすぎて⋯仕事にも集中できぬ。」
『それは如何なるものかと思うが⋯。』
苦笑しつつ、会話を続ける。土蜘蛛は、実際彼女のことが本当に好きであった。家に帰って、ふとしたときに思い出すは彼女の姿。声までも想像してしまう。何なら妄想することだってザラにある。未だかつて会ったことのない好みの人間に会い、自分では抑えきれないほどの欲で自分が形作られているようだった。
『まァ、お前が好きなことは伝わった。その顔、惚れた男の顔そのものじゃ。幸せにせぬと、切腹案件じゃな。』
「任せろ。吾輩は⋯必ずや嫁に娶る。」
その瞳は、酒呑童子が見たことのない熱を帯びていて、横顔はいつもと比べ物にならないほど真剣な表情だった。土蜘蛛は、酒呑童子とここで別れて、早速彼女に会いに行こうと《喰ゐ処》に足を進めると、見慣れた男の茶髪が店を出て横切っていった⋯。土蜘蛛は軽い嫌悪感を覚えながら、るんるん気分で駆けてゆく彼奴を睨んだ。
「⋯また今日も来てしまった、」
そう言ってお露を見つめる。お露は、いつもと変わらぬ表情で、いつもと変わらぬ声で土蜘蛛に声をかけた。土蜘蛛は、彼女の姿と声を受け取って心の靄が晴れたような気がした。
「開店初日からずっとお越しくださり、ありがとうございます!」
以前と同じ時が流れていく。酒呑童子にはあんなに強気な言い方をしてしまったが、実際大胆な行動に出るのは勇気を要する。そもそも、客と店員など何の恋の接点もない。待ち時間がもうすぐ終わってしまうつらさを感じながら、彼女からいつもの菓子を受け取る。
「⋯明日も来る故、必ず吾輩に会ってくれ。」
「は、はい⋯!」
お互いの指先が触れ合う。お露はまだ目を真っ直ぐ見ることに慣れていないようで、少し視線をずらしてしまった。お露は「ご、ごめんなさい⋯」と言いながら手を離す。本当は、この手を握ってやりたかったが、すれば不審者認定に他ならない。「すまない⋯」と謝り返しつつ、一礼して店を出る。その土蜘蛛の目には、揺るがない覚悟を示す強い意志を感じ取れた。