テラーノベル
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村に滞在して、三日が過ぎた。
最初は高熱で起き上がることもできなかったマナも、ようやく歩けるまでには回復していた。
朝。
小さな家の外では、畑を耕す音が聞こえている。
土の匂い。
鳥の声。
逃亡の最中だということを、一瞬忘れそうになるほど穏やかな時間だった。
「……久しぶりに、ちゃんと寝た気がする」
縁側に座りながら、マナがぽつりと呟く。
隣ではライが洗った布を干していた。
慣れない手つきだ。
貴族だった頃なら、こんなことを自分でやることなどなかっただろう。
マナは思わず笑ってしまう。
「下手」
「……放っておけ」
ライが少し眉を寄せる。
その顔がおかしくて、マナは肩を揺らした。
「そこ、もっと強く引っ張んないと皺になる」
「こうか?」
「違う違う」
立ち上がって後ろから手を添える。
布を引く指先が触れ合い、ライがわずかに息を止めた。
「……近い」
「今さら?」
マナが笑う。
ライは何も言わなかったが、耳が少し赤い。
そんな穏やかな空気を、戸の開く音が裂いた。
「お前ら、平和だなぁ」
ロウだった。
腕を組み、呆れた顔をしている。
「外見回ってきた」
その声色で、空気が変わる。
ライの表情が引き締まった。
「……何かあったのか」
ロウは少し黙る。
それから低く言った。
「この村の近くまで、武士が来てる」
マナの笑みが消えた。
「追手……?」
「ああ」
ロウは頷く。
「二人組の若い男を探してるらしい」
静寂が落ちる。
遠くの畑仕事の音だけが、妙に現実離れして聞こえた。
ライは静かに目を伏せる。
「……父上か」
「十中八九な」
ロウは壁に背を預けた。
「まだこの村にいるとは思われてないみたいだが、時間の問題だ」
マナは無意識に拳を握った。
せっかく、少しだけ落ち着けたのに。
また逃げなければならない。
「……ごめん」
ぽつりと零れた声。
ライがすぐに振り向く。
「何故謝る」
「だって俺が熱なんか出したせいで、足止め——」
「違う」
強い声だった。
マナが目を見開く。
ライは真っ直ぐこちらを見る。
「お前は悪くない」
「でも」
「もう、自分を責めるな」
その声は静かなのに、不思議なくらい逆らえなかった。
マナは唇を噛む。
ロウは小さく息を吐いた。
「……まぁ、完全に無駄足ってわけでもねぇよ」
「え?」
「この村で情報も手に入った」
ロウは地面へ簡単な地図を描く。
「この先、川沿いを西に行けば隣国へ入れる小さな渡し場がある」
「関所は?」
「正規の道じゃねぇ。半分密入国みたいなもんだ」
マナは目を瞬かせた。
「そんな場所あるのか」
「戦で流れてくる奴も多いからな。表向きは禁止されてても、実際は見逃されてる」
ライは地図を見つめる。
「そこまで行ければ……」
「ああ。かなり追跡は難しくなる」
希望だった。
ようやく見えた、小さな出口。
だがロウの顔は晴れない。
「ただし問題もある」
「?」
「そこへ行くまでに山道を越える必要がある」
ロウは淡々と続ける。
「追手も当然そこを警戒する」
空気が重くなる。
簡単には逃がしてくれない。
当たり前の現実だった。
その時。
「おや、お前さんたち」
家の奥から老婆が現れた。
湯気の立つ椀を持っている。
「難しい顔してどうしたんだい」
ロウは少し迷った後、軽く笑った。
「そろそろ出ようかって話してた」
老婆の動きが止まる。
「……そうかい」
寂しそうな声だった。
マナは胸が痛くなる。
数日だけだったのに、この家は不思議と安心できた。
老婆は三人を見回し、それから静かに言った。
「追われてるんだろ」
マナの肩が跳ねる。
ライも目を細めた。
だが老婆は穏やかだった。
「隠さなくてもわかるよ。そんな顔してる」
囲炉裏の火がぱちりと鳴る。
老婆は椀を差し出した。
「逃げるなら、ちゃんと食べて行きな」
その言葉に、マナは目頭が熱くなった。
「……なんで」
思わず聞いていた。
「なんで、そこまでしてくれるんだ」
老婆は少し笑う。
「昔ねぇ、うちの息子も追われる側だったんだよ」
静かな声だった。
「戦に逆らって、村を飛び出した馬鹿息子さ」
誰も言葉を挟めない。
「結局、帰ってこなかったけどね」
老婆は空を見た。
その横顔は、どこか寂しかった。
「だからせめて、お前さんたちは生き延びな」
優しい声だった。
ライは深く頭を下げる。
「……必ず」
マナも、何も言えず頭を下げた。
夕暮れ。
旅支度を終えた三人は、村を出る準備をしていた。
その時。
遠くから、馬の蹄の音が聞こえた。
一つじゃない。
複数。
ロウの表情が変わる。
「……来たな」
緊張が走る。
村の入口。
土煙の向こうに、武士たちの影が見えた。
その中央にいた男を見て、ライの顔色が変わる。
「……あれは」
低い声。
「父上の側近だ」
コメント
1件
うわ、やっぱり来てしまったか……あの穏やかな時間が一瞬で色を変える感じ、読んでてすごく切なかった。老婆の「うちの息子も追われる側だった」って言葉が、この世界の重みを一気に深くしてて印象に残った。逃げるだけじゃない、人の優しさに触れることでマナもライも変わっていくんだな。次、どう動くのか気になる。