今日は珍しくパワハラ上司が休みで、仕事の早い日本は早々に片付けた。
年に何度もない定時退社にワクワクしながら帰りの準備を進めていると、フランスに声をかけられた。
「やぁ日本くん!今大丈夫かな?」
「フランスさん!ええ、もうこれから帰るところですよ」
鞄を置いてフランスに向き直ると、日本は染み付いてしまった営業スマイルを見せる。
フランスは一瞬顔を顰めたが、にこにこ笑って日本の手を握った。
「そうかい!実はジュも帰るところでね、一緒に帰らない?」
「そうなんですか?いいですよ…って、言いたいところなんですけど、ごめんなさい。僕、イギリスさんと先に約束しちゃってるんです」
「…は?あいつと?」
「はい。今日のお昼、一緒に帰りましょうって誘われて。予定も何もありませんから、OKしたんです」
申し訳なさそうに眉を下げる日本を見ながら、フランスは大きなショックを受けた。
イギリスとフランスは仲が悪い。
歴史的な面から見てもわかる通りだが、そもそも性格からして合わないのだ。
そんなイギリスに大好きな子を取られただなんて、嫉妬しないはずがない。
「…そっか、じゃあ仕方ないね。また今度誘うことにするよ」
「そうしてくださると幸いです。また時間が合ったら、一緒に帰りましょうね!」
へにゃりと笑う日本は可愛らしいが、フランスはイギリスなんかに触られては汚れてしまうと思った。
自分がこんなにも誰かに夢中になることはなかったはずなのに。それもアジアにこんな感情を向けるなんて。
黒いモノが沸々湧き上がるのを感じながら、失礼しますと横を通り過ぎる日本に手を振った。
「…許せない」
(あぁ、今頃あいつは嫉妬に狂っているんでしょうか。彼はもう私のものだというのに、本当に愚かですね)
「…イギリスさん?ちゃんと聞いてますか?」
「ふふ、ちゃんと聞いていますよ。アメリカがまたやらかしてしまったようで、すみません」
まだ薄暗い道路で、日本はフランスに告げた通り、イギリスと帰宅していた。
日本はイギリスよりも歩幅が小さく、ちょこちょこと着いてくる様が実に愛らしい。
それに会社ではわからなかったが、日本は意外とおしゃべりなようで、話していると色々なことが聞けた。
家に1人で寂しいこと、仕事が忙しくて寝る暇がないこと、ご飯がコンビニのものばかりになっていること、実家に帰りたいこと…
殆どが悲惨な内容であったが、日本は楽しそうに語る。 イギリスは微笑みながら情報を頭に叩き込んでいった。
好きな人のことは、端から端まで知り尽くしたいと思ったからだ。
翌日、特に何事もなく昼休憩になり、フランスは日本にプレゼントを渡した。
「ね、日本くん、これ受け取ってくれない?」
「?ぬいぐるみ?」
「そうなの!昨日材料があったから作ってみたんだけど、置く場所なくて。日本くんの家に連れて帰ってあげてくれない?」
個人で作られたとは思えないほどに精巧で、そういったものが好きな日本は喜んだ。
小さくてふわふわなうさぎのぬいぐるみは、無事に家が決まったようだ。
「可愛らしいぬいぐるみをありがとうございます!ふふふ、またコレクションが増えてしまいました」
「ぬいぐるみをコレクションしてるの?」
成人男性にしてはえらく可愛い趣味だ。
フランスは噂で聞いていたが、まさか本当だとは。
「はい!元々は妹がこういうの好きだったんですけど、実家を出たら懐かしくなっちゃって。気づいたら寝室にたっくさん溜め込んでました」
照れくさそうに言いながら、日本はうさぎのぬいぐるみを抱きしめた。
中身が盗聴器で眼球がカメラであることも知らずに、かわいいかわいいと撫で回している。
「気に入ってくれたのなら何よりだよ。よく見えるところに飾ってあげてね。うさぎは寂しがり屋なんだから」
「わかりました。素敵なプレゼント、どうもありがとうございます」
日本がぺこりとお辞儀をして話が終わりかけたところで、フランスは今が昼休憩であることを思い出した。
「…良ければなんだけどさ、お昼一緒にどう?お弁当じゃないなら奢るよ」
「え!?いいんですか!?」
途端輝き出す日本の目を見て、フランスは愛しそうに笑った。
「もちろんさ。イギリスと違って、ジュは嘘なんてつかないよ」
さらっとイギリスを下げつつ、フランスは日本と食事をすることに成功した。
「日本くん可愛かったなぁ〜♡あ、カメラとかちゃんと機能してるかな?」
先に帰宅したフランスはぬいぐるみの調子を確かめるため、各種装置のスイッチを入れた。
『ザザ…イギリスさん?イギリスさんも残業ですか?』
わたの中に詰めているからかノイズ音はあるが、しっかり機能しているようだ。
カメラの方にも、日本の姿が写っている。
聞き取れた名前と、ギリギリ写っていない場所に誰かいることを除いて、良好であるといえよう。
『はい。少し面倒な案件を任せられまして』
『そうなんですか?よければお手伝いしますよ 』
『おや、これはありがたい。では一つ頼み事をしてもよろしいでしょうか?』
この胡散臭い敬語にやたら演技がかった声。
映り込んではいないものの、それが誰であるかは明白だった。
「こいつ…残業するレベルの仕事なんかなかったじゃん…日本くんといたいだけだろ…」
怒りに任せて手を握っていると、微かに血が滲んだ。
『なんでしょうか?』
『…私のものになってはくださりませんか?』
『…へ?』
「は?」
画面先の日本と声が揃った。
この偽紳士野郎、日本くんに告白しやがった。
フランスは嫉妬と怒りで画面を叩き割ってやりたくなったが、日本の返事を聞いて見るまでは電源を落とすこともできない。
『…いいですよ』
視界が真っ暗になった気がした。
ピンポーン
残業も終わり、イギリスに車で自宅まで送ってもらった日本は、深夜に鳴るチャイムで目を覚ました。
「うぅん…誰…?」
まだ寝ぼけた頭のまま、無防備な寝巻き姿で扉を開ける。
「やぁ、こんな夜遅くにごめんね?起こしちゃったよね」
「フランスさん…?」
日本はようやく目が覚めてきたのか、1度目を擦ってもう一度見上げる。
スラリと長い身体に、特徴的なベレー帽。
優しそうで整った顔のフランス。
やっぱりフランスさんだ、と思って、日本はごくごく普通の質問をした。
「何故こんな時間に?」
「あぁ、ジュも悪いかなぁと思ったけど、ちょっと我慢できない事があってさ」
何かの資料で重大なミスでもしていたのだろうか。
日本はフランスに頼まれた仕事を思い出したが、どれも提出は1週間ほど前。
思い当たる節はない。
「えーっと、わかりました。こんな姿で悪いですが、ひとまず中へどうぞ」
「いいの?ありがとう日本くん」
フランスを家に招き入れ、夜なのでドアを施錠する。
その行為が間違いであったことに、日本はまだ気づいていない。
「それで、我慢できないことって…」
ガンッ!
「…ッあ」
振り返ると、日本は頭に大きな衝撃を受けた。
霞む視界の中で見たのは、赤いものがついた金属バット。
あれで殴られたんだな、と思ったのを最後に、日本は意識を手放した。
「…ぅーん…?」
なんだかすごく、頭が痛い。
ガンガンと痛み続ける頭を押さえながら、日本はゆっくりと体を起こす。
ここはどこだろう。
「…僕、何してたんだっけ」
確かチャイムが鳴って、フランスさんがいて、ドアの鍵を閉めて…
そこまで思い出すことはできたが、その後どうなったのかが一向に思い出せない。
一度あたりを見渡してみると、今いる場所がメルヘンチックな柔らかい色の部屋であることに気がついた。
寝かされているベッドはふわふわで、同じくふわふわの枕やぬいぐるみがたくさん置いてある。
まるでお姫様が眠るような、そんな場所だった。
「おはよう日本くん。もう朝だよ」
「あ、フランスさん」
動かすと痛いので、なるべくゆっくりフランスの方…ドアの方向を見る日本。
フランスの手には、美味しそうなパンやスープが乗っていた。
「頭は大丈夫?ごめんね、ちょっと強く殴りすぎちゃった。ご飯食べられそう?」
「まだちょっと痛いですが、ご飯は食べられると思います」
包帯が巻かれた頭を撫でながら、 フランスは日本に朝食であろうものを渡すと、ゆっくり食べてねと言って近くに座った。
「…あれ」
「どうかした?」
「いや…なんか、重要な事があった気がするんですけど…」
「ないよそんなの。いいからほら、あったかいうちに食べな」
「はい…いただきます」
頭にモヤがかかりながらも、日本はパンを一口食べてみる。
よく焼かれていて、バターの風味がすごく美味しい。
「わっ、すごく美味しいです、これ!」
「ふふふ、そこのパン美味しいよね!スープも飲んでみて?隠し味も入れてあるんだ。きっと美味しいよ」
「はい!」
言われるがままにスープも飲んでみる。
なんだか妙な味もしたけれど、薄味で朝食に適しており、とても美味しかった。
「美味しい〜!フランスさんも食べますか?とっても美味しいですよこれ!」
「ジュは日本くんが起きるまでに食べたから大丈夫だよ、ありがとね。おかわりもあるから、たくさん食べて」
美味しいものを食べていると、ひどい頭痛も忘れるほど楽しかった。
フランスは穏やかに微笑んで、日本が食べる姿をじっと見つめている。
「ごちそうさまでした!すごく美味しかったです!」
「そう言ってもらえると、作った甲斐があるよ。まだ怪我は治っていないし、ゆっくり休んでね」
「…あ、でも会社に行かなきゃ…」
「それならさっき辞めさせたよ?」
「…え?」
「君はジュの元で一生暮らしてればいいの。仕事なんてしなくていいの。外には出してあげられないけど、君が欲しいものはなんでもあげる。だから、大人しく待ってて。…というか、もうすぐ全部忘れられるから。今日は早く帰るよ、またあとでね」
不穏なことだけ言って、フランスは扉を閉めた。
残された日本は、何か別のものを忘れている気がした。
仕事でも、家のことでも、こうなる直前でもなくて、何かこう…大切なもの。
「…でもフランスさんが言うなら」
大人しくしてようかな
ジュの大事な大事な日本くん
家族も友人も…ムカつくけど恋人も全部忘れてね
ドイツに薬を頼んで良かったな、効き目はバッチリだ
明日になればジュ以外のヤツはみーんな忘れるし、なんでここにいるのか、何を忘れてるのか、どうやって生きていくのかもわからなくなる
大事なものは安全な場所に保管して、誰に見られることもあってはいけない。
帰ったらどんな顔をしてくれるかな
Je t’aime! Japon!
コメント
3件
なんかNTRみたいになってしまった…しかも内容がわけわかめ すみませんでした