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三年に進級し、新しいクラスにも慣れてきた頃。私の耳に入ってきたのは、Mちゃんというある一人の女の子の噂話だった。
隣のクラスに転校してきたMちゃん。彼女がこんなにも噂の的になっていたのは、転校生という物珍しさがあったからでもあった。
最初こそ、ただの転校生として噂されていたMちゃん。けれど、一週間ほどが経過する頃には、その話の内容は随分と変化していた。
“誰も居ないのに、何もない空間に向かって話している子”
そんな噂が囁かれるようになったのだ──。
もしかしたら、Mちゃんにも私と同じモノが見えているのかもしれない。そんな同族意識のようなものが芽生えた私は、彼女に対して物凄く興味が湧いた。
けれど、時折見かけるMちゃんは至って普通で、何か特別変わった行動をしている素振りもない。
(やっぱり、私とは違うんだ……)
ガッカリとした気持ちで肩を落とすと、私はMちゃんの姿を遠くから眺めるだけに留めていた。
それから数日が経ったある日。いつものように皆んなで下校していると、ふとしたことをキッカケに話題に上がったMちゃん。
「今日もMちゃん、一人で話してたよね」
「うんうん、私も見た」
「そうなんだぁ……。私、見たことないなぁ。本当に誰もいないの?」
「本当だよ。誰もいないのに、誰かと話してるみたいなの。ちょっと怖いよねぇ」
「うん……、そうだね」
やはり、“怖い”と思われてしまうのは当然のことなのだろう。
それがわかっているからこそ、私には人には見えないものが見えるだなんて、そんなことは口に出せなかった。言ったところで、きっと誰も信じてはくれないのだ。
「それってね、イマジナリーフレンドって言うらしいよ」
「イマジナリーフレンド……?」
その聞きなれない言葉に、私は小さく首を捻《ひね》った。そんな私を他所に、話し続けるAちゃんとYちゃん。
「ママに聞いたらね、イマジナリーフレンドだって言ってたの」
「イマジナリーフレンドって何?」
「う~ん……なんかね、見えない友達らしいよ。空想上の友達なんだって」
「ふ~ん。オバケじゃないんだ?」
「うん。オバケとは違うみたい」
「へぇ~」
そんな二人の会話を聞きながら、やっぱりMちゃんは私とは違うのだと落胆する。
「──あっ! ほら、あそこ。Mちゃんがいるよ」
そう言って前方を指差したAちゃん。それにつられるようにして視線を移すと、そこには確かにMちゃんの姿があった。
「あ、ホントだ。……話しかけてみよっか?」
「う~ん……。でも、何かまた一人で話してない?」
「そうだね。やっぱりやめとこっか」
そんな会話を繰り広げているAちゃん達の横で、私は一人、顔面蒼白になった顔を引き攣《つ》らせた。
確かに前方に見えるのは、楽しそうに話しているMちゃんの姿。けれど、その横にいる“アレ”は一体なんなのだろうか──?
そんな疑問と共に、あまりの恐ろしさからガクガクと震え始めた私の身体。
Mちゃんの隣にいる、人とは思えない異形の姿をした“ソレ”。その姿はやはりAちゃん達には見えていないようで、恐怖に震える私の横で平然としている。
「あれが……っ、イマジナリーフレンド……?」
今にもMちゃんに喰らいつきそうなほどに、大きく口を開けた異形の“何か”。そんな光景を前に小さく声を漏らすと、私はその衝撃からピタリと足を止めると絶句した。
空想上の友達とは、こうして目に見えるものなのだろうか? だとしても、あんなにも恐ろしい姿をしたものを、私なら絶対に友達にしようだなんて思わない。
そんな考えが、瞬時に私の頭の中を駆け巡ってゆく。
「杏奈ちゃん、どうしたの?」
突然歩みを止めた私を不思議に思ったのか、私の顔を覗き込んで首を傾げたYちゃん。それに答えようと口を開こうとした次の瞬間、血相を変えた私はMちゃんに向かって大きく叫んだ。
「ダメーーー!!!!」
今にして思えば、よくそんな勇気があったものだと自分自身に感心する。
私は無我夢中でその場を走り出すと、今まさに“ソレ”の手を掴もうとしているMちゃんの手を掴むと、Mちゃんに向かって大きな声を上げた。
「っ……ダメだよっ!!! 私と一緒に帰ろう!!?」
突然現れた私に驚いたのか、掴まれた左手をそのままに呆然と立ち尽くすMちゃん。
そんな私達の元に、少し遅れてやってきたAちゃんとYちゃん。
「もぉ~! どうしたの、杏奈ちゃん」
「そんなに怒らなくても……Mちゃん困ってるよ」
「……えっ!? あっ! 違うの、怒ってないよ!? ……ただ、一緒に帰りたくて」
慌てて掴んでいた手を離すと、「そんなに大きな声で言わなくてもいいのに」と呆れたように笑われる。当の本人といえば、私に怒鳴られたことを気にするでもなく、ニッコリと微笑むと口を開いた。
「うん、一緒に帰ろう。私ね、最近こっちに引っ越して来たんだ。仲良くしてね」
「どこから来たの?」
「N県だよ」
「へぇ~、N県なんだっ! うちね、おばあちゃん家がN県だよ」
「今はどこに住んでるの?」
「えっとね、ひばりが丘公園てとこの近くだよ」
「あっ。じゃあ、私達と近いかも」
親しげに話すMちゃん達を横目に、私はキョロキョロと周囲に視線を向けて見る。どうやら、“イマジナリーフレンド”とやらは姿を消したらしく、先程までいた異形の化け物の姿はどこにも見当たらない。
それを確認した私は、バクバクと煩い音を立てる胸にそっと手を当てると、人知れずホッと安堵の息を漏らした。
「この子はね、杏奈ちゃんて言うの」
「杏奈ちゃん、よろしくね」
「うん、よろしく。さっきはごめんね」
「ううん、ビックリしたけど大丈夫だよ」
そう言って、私に向けてニッコリと微笑んだMちゃん。
この出会いが、後に私と茉莉花《まりか》が“親友”と呼ぶほどに仲良くなるきっかけになるとは、当然誰も知る由もなく、ただ、この時の私は無我夢中で声を掛けただけにすぎなかった。
その化け物の手を取ったら、何か良くないことが起きてしまう。直感的にそう感じたのだ。
その後、すぐ近くの小学校で行方不明者が出たと耳にしたのは、それから一週間も経たない頃だった。噂によれば、その行方不明になった子はよく独り言を言っていたらしく、その姿は、まるで誰かと会話をしているようだったと。
そんな話しを聞いた私は、きっとあの“化け物”に食べられてしまったのだと、それから暫くの間恐怖に震える日々を送った。
あの時のことを茉莉花に聞いてみても、誰かと話していた記憶はあるものの、誰と話していたかは思い出せないと。そんな返答しか返ってこなかった。あれから数日しか経っていないというのに、記憶にないとは随分と不可解な話だ。
これもきっと、あの異形の化け物による仕業なのだろうか──?
あの化け物の正体が何だったのか、それは今でも分かっていない。