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週末でわかってはいたけれど、やはりこんなものは、もう慣れっこらしい。
「ま、そっか。慣れてるよね」
気持ちを自覚はしてしまったが、はまり込んではいけないし望んでもいけない。
何かに心を支配されることなどもうごめんだ。
「慣れてるとかやなくて。まわりから見られたりすんの、吉川さんが気になって嫌やったらやっぱ男率高い店のがええかなぁ」
「は?」
「あー、でもなぁ。吉川さんが注目されんのも腹立つか」
(おいおい)
大真面目に何を言ってくれているんだろう。
「注目されるような女なら、今独り身じゃないでしょが」
「いや、それ見る目なかっただけですから」
まだメインのハンバーグが残っているほのりに対し、全て食べ終えた木下は「うーん」と腕を組んで背もたれに体を預ける。
「綺麗っすよ、俺、結構見惚れて仕事サボってたりしますけどね」
「サボらないで」
「冗談っす」
どこからどこまでが冗談なのか。
(決意は固いぞ……)
気を抜いてはいけない。
気を抜くと、うっかり木下の発言の全てを鵜呑みにして自分の気持ちを許してしまいそうになる。
そんなことになってはいけない。
恋にうつつなど抜かすものか。
ほのりは知っている。
最後に裏切らないのは自分だけだし、もう一人で生きていけばいいじゃない。と、気がついた時の、あの絡まった足元が解かれていく感覚。
手放してなどたまるものか。
(何より、若いからな、この子)
星の数ほどいる女の中から、きっとよりどりみどり、言葉通り選び放題。
そんな男が、わざわざ八つも歳上の女を選ぶ必要などない。
体育館で会った女の子は”優しい”と木下を表現した。
慣れない土地にいる人間への溢れる気遣い。
(優しい人間は、みんなに優しい)
「そろそろ出ます?」
「うん、そうだね」
今日は近場の客先中心に挨拶に回る。
移動手段は徒歩。
気合を入れて立ち上がり、自分のバッグと資料の入った荷物を手に取ろうとした。
「今日は体力勝負っすね」
木下は目を細めて、ほのりを労るように優しい声を発しながら重量のある荷物を手に取った。
(……そーゆうとこだってば)
これまでの自分なら飛びついていたんだろうか? ほのりは自問自答しながら小さく息を吐いた。
”若い男に溺れて、ズタボロのおばさん”
そんなものに成り下がらないよう必死に、踏ん張り続けているのに。
さりげなく、甘やかすのをどうかやめて。