テラーノベル
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あの日、藍と待ち合わせをした公園の入り口には、『第七回さくら祭り』というポスターが貼られていた。近くの小学校の亜衣良さんという六年生の作品だそうだ。
壮太が藍と約束をしたのは、さくら祭りの一週間前の日曜日だった。公園を囲むように植えられた桜はすでに七分咲きほどで、青い空と温かい春の陽射しの下で、ひらひらと舞い落ちる花びらを追いかけ遊ぶ小さな女の子の姿が微笑ましかった。
壮太と藍が、図書館の帰りに、ガチャガチャの帰りにいつも座っていたベンチの後ろに植えられたまだ若いく細い桜の木も、花を開かせ始めていた。
壮太は腕時計を見た。
約束の午後一時だった。
そして顔をあげて、藍がいつも来る方に視線を向けた。穏やかな春の日の日曜日に公園で過ごす人たちの間を抜けて、藍は息弾ませながら駆けてくる。壮太の姿を見つけると、きっと胸の前でちょっと控え目に、でも嬉しそうに手を振ってくれるだろう。それに応えるように壮太も小さく手を振り返す。
藍の姿を探しながら何度も深呼吸をする。胸の高鳴りを鎮めようとするが、なかなか思うようにできなくて、でもそんな瞬間も壮太は幸せだった。
もう一度腕時計を見た。
一時十分を針がさしているのを見たとき、何度深呼吸をしても止まなかった胸の鼓動が急に減速していき、腕に寒気を感じ始めていた。藍が時間に遅れることはこのときが初めてだった。いつも遅れるのは壮太の方で、藍はそんな壮太を いつも待っていてくれた。
それなのに今日はまだ来ない…。
何かあったのだろうか。
待ち合わせ時間を間違えて伝えてしまっただろうか。けれど。
「一時にね…」
藍の声が、壮太の耳にはっきりと残っている。
「一時にね…」
確かにそう言ってくれた。そのときに電話には続きがあった。
「ねえその頃ならもう桜咲き始めているかな?」
「そうだな。きっと咲き始めているよ」
「さくら祭りっていつだっけ?」
「四月の二週目の日曜日だよ。去年も一緒に行っただろう」
ふふふって藍の笑い声が、受話器から聞こえてくるとちょっと耳がくすぐったかった。
「そうだったね。じゃあ今年も一緒に行こうね。さくら祭り」
もちろんそのつもりだった。
「ああ、そうだ。桜のソフトクリームのこと忘れないで」
「藍のおごりな」
「えー、今年は壮太がおごってよ」
そのとき確信していた。
公園で会う約束をしたのは、きちんと気持ちを伝える為。
出会って三年。
木梨さん。
七瀬くん。と呼び合っていた。
それが、 藍。 壮太。と呼び合えるようになった。けれど、付き合ってほしいと言っていない。
好きだと言っていない。
だからその言葉を想いを伝えて、彼女の気持ちも知りたかった。
大学生になったばかりの壮太にとって、好きとか愛しているという言葉を言うのは、まだ慣れていない。頻繁には言えそうにはない。けれど一度は言いたかったし、彼女の気持ちも知りたかった。
確信していた。きっとうまくいくと…。
時計の針は、もう午後二時に近い。
藍は来ない。
電話をかけても繋がらない。
もう来るか、もう来てくれるかなって思いながら待つ一分は三十秒は時間がすごく長く感じるのに、今の壮太には誰かがいたずらに時計の針を回しているのではないかと思うほど、時間がどんどん進んでいき、気がつけば夕刻の空が広がり始めていた。昼間は温かな陽射しが降り注ぐ春も、夕空の頃の風は肌寒い。
壮太は何度も電話をした。
次も、その次の日曜日にも公園に訪れたが藍には会えることはなかった。そしてやっと気づいた。
フラれたんだってー。
うまくいくと確信いていた。自信過剰なだけだったのかもしれない。藍に出会って、話すようになれただけで有頂天になっていた。それまで女の子と仲良く話すこともなかった。ジュースを飲みながら帰る高校時代が過ごせるなんて、夢にも思っていなかった。どちらかといえばクラスの中でも端の方にいた、ちょっと冴えない男子だったのに藍みたいな子と仲良くなって、勝手にもうこれって付き合っているみたいなもんだよなって、正直思っていた。
きっと藍はそんな壮太の想いに気づいて、そして重たくなったのだろう。
だから待ち合わせには来なかった。
それきり電話にも出ない。
いつの間にかさくら祭りは終わり、雨が降って風が吹き抜けて、その年の桜は散っていった。
壮太はもう電話をかけることも、公園で待つこともやめた。大学に進み、勉強をしてバイトをして、バイト先で出会った人と付き合って、藍を思い出さなくてもいいように、できる限り楽しく笑って、笑って過ごした。
そしてあの公園のさくら祭りが、第十一回目を迎えた春にスーツを着て慣れない手つきでネクタイを締めて、壮太は製薬会社に就職した。 扱うものは主に動物病院に届ける薬だった。
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コメント
1件
あおいです🌷 第2話、読み終えました。 待ち合わせに来なかった藍さん…壮太くんの「うまくいく」という確信と、時が経つにつれてじわじわと訪れる不安の描き方が本当に丁寧で、胸がぎゅっとなりました。特に「誰かがいたずらに時計の針を回している」感覚、わかるなあ。待つ側の焦りと切なさがひしひしと伝わってきます。そして三年の時間を経て、壮太くんが「忘れよう」と必死に笑って過ごしたその後も…静かに響く余韻が素敵でした。続きが気になります。