コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「まあまあ、岩崎、そんな怖い顔をするな。おれは、一ノ関女史にせっつかれて、事の真意を確かめに来たのであって、さすれば、天才児と遭遇したのだ!」
中村の言葉に岩崎の眉がつり上がる。
「……それは、どうゆうことだ?中村。何の真意をだ?そして、どうして、一ノ関君の名前が出てくる?」
怒りつつも、何かを秘めた岩崎の様子に、二代目は、這いつくばって、中村の傍へ行くと、パーンと頭を叩いた。
「痛てぇじゃないか!二代目!」
「中村のにいさん!飲み過ぎだわっ!」
二代目の行動に、中村はポカンとしつつ、すぐさま言い返す。
「飲み過ぎも何も!二代目が、酒勧めたんだろっ!おれは、一ノ関女史に、岩崎に見合い話が舞い込んでいるのかと、問い詰められて、仕方なく、ここに確かめに来ただけたぞ!」
「だから!中村のにいさん!月子ちゃんの前だろうがっ!よその女の名前を出しなさんなっ!」
あっと、気まずそうに、黙る中村へ、あの女学生さんだろ?と、二代目も言い渋る。
「二代目も、中村も、構わん。月子は、もう、一ノ関君と会っている」
岩崎は、男二人に事情を説明しつつ、月子を見た。
「……音楽学校が、近い。彼女は、私の生徒だ。だから、私の家にもやって来る」
ただ、それだけの話だと、岩崎は、言い切るが、ちょっと待った
!!と、二代目と中村が口を揃えて慌てきった。
「そ、それだと、岩崎!一ノ関女史を家へ上げてるように思われるぞ!」
「まずいでしょっ!京さんよ!月子ちゃん、誤解するでしょ!」
皆の慌てように、男爵邸へ押し掛け、居座るかのような女学生、玲子の姿を月子は、思い出した。
何かしら、岩崎へ懇願していた玲子の粘り具合は、相当なものだと、月子も感じていたが、その時の、岩崎含め、男爵邸の面々の様子から、玲子は、いつも勝手に押し掛けて来て、追い返されているのだろうと、予想はできた。
おそらく、岩崎の言った事は、言葉通りで、家にまで上げているということはないだろう。
二代目と中村の、尋常ではない慌てように、月子も、場を収めようと、勇気を出して言ってみる。
「あ、あの女学生さんは、旦那様に何か、お願いがあって来られているのではないのですか?だから……叶えてあげるのは、駄目なのでしょうか?」
「駄目だ」
岩崎が即答した。
中村も、大きく頷いている。
「そうだよ!月子ちゃん!しっかり、見張ってないと、旦那様、を、取られちまうよ!!俺は、あの女学生、気に食わねぇんだよ。良家のお嬢様なんだろうけど、誰でもかれでも、使用人扱いするからねぇ」
岩崎が留守のとき、たまたま、玲子とかち合ったという二代目が、おもむろに顔をしかめて、玲子の事をこき下ろす。
「いや、まあ、一ノ関女史とは、関わらない方が身のためだよ、本当に」
中村も、玲子の扱い方は、難しいと、ブツブツ言った。
総スカンと言って良いほど、皆の玲子へ態度に、月子は、そうなのですかと、小さく呟くしかなかった。
「……音楽学校では、定期的に生徒達による演奏会が開かれる。今は、次の演奏会の練習の最中なのだが、一ノ関君は、私と、演奏を組みたがっているのだよ。あくまでも、学生有志によるものに、教鞭を取る私が加わるのは、適していない」
勉学の成果の見せ所、しいては、卒業後の、支援者《パトロン》を見つける機会でもある発表会なのだから、と、岩崎は、学生達だけで演奏会を行うべきだと言った。
「そう、そこなのだ。まあ、支援者、に、関しては、簡単には見つからない。それは、皆分かっている。しかし、いわば、まだ素人の我々の中に、岩崎が、入ってくるのは違うと、おれも思う。そして、どうして、一ノ関女史とだけ、岩崎が共演するのかという不満も出てくるはずだ。残念ながら、一ノ関女史は、そこまでの腕を持ち合わせていないしね」
「要するに、惚れてるんでしょ?あの女学生さんは。月子ちゃん、旦那様、を、取られない様に気を付けなよ!っていうかねぇ、京さん、なんで、女に人気なんだろう?近所のおかみさん達も、キャーキャー言ってるんだよねぇ」
「そうなのだ!学校でも、岩崎の授業は、女学生が溢れるのだ!」
なぜなんだ?!こんな、唐変木のどこがいいんだ?と、二代目
と中村は、首をひねっているが、当の岩崎は、
「……二代目、その、旦那様というのは、なんだ?」
と、こちらも首をひねっている。
嘘だろと、二代目が、吐き捨てる様に言うと、月子を見た。
「えっ、あっ、それは、旦那様の事で、吉田さんが、そう呼ぶようにと……」
おどおどと、月子は、口ごもりながら言う。
「へえ、吉田執事、やるねぇ」
中村が、ニヤつくが、岩崎は、
「月子は、女中ではないのだが?」
などと、変わらず首をひねっている。
「月子と、呼べるのに、この鈍感さ!」
二代目が呆れ果て、中村は、思わず、ぶっと、吹き出した。