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二代目と中村からの、好奇の目から逃げようと、月子は、必死になった。
「あ、あの、お咲ちゃんが!唄い終わっています!ほ、誉めてあげてくださいっ!」
確かに。
お咲は、どうすべきなのかと、佇んでいる。
月子は、手招きしてお咲を呼んだ。
「……月子様……」
お咲の目には、涙が溜まっていた。勝手に唄って良かったのかと言いたげに……。
「ああ!!いかん!二代目!」
「お、お咲!良かった!良かったよ!」
パチパチと中村と二代目が、拍手して、お咲の機嫌を取ろうとしている。
「うん、お咲ちゃん、凄く上手だったよ!」
月子も、お咲の頭を撫でながら誉めた。
すぐに、人の顔色を伺うお咲の気持ちも、そう生きる癖がついてしまっている事も、月子には、良くわかる。それだけに、まだ幼いお咲の事は他人事にはできない。
我が身を切られるかのようで、月子の心も傷んだ。
「おい!親父《おやじ》さん!」
二代目が、岩崎へ噛みついていく。
「親父……とは?!なんだ?!」
「京さん!あんた、父親みたいなもんだろっ!しっかりしなよっ!」
責められた岩崎は、訳がわからんとばかりに、絶句している。
「ああ、そうか!嫁さんができれば、子供もできる!つまりは、二代目!疑似家族ってことだな?!うん!岩崎!お咲で、子供の扱い方練習しておけ!」
「い、いや!お前達!何を?!お咲は、音楽の才能がある、のだろう?それが、どうして?!」
自分が父親とはいったいと、岩崎は、しどろもどろになりながら、二代目と中村へ言い返す。
「あー、そうだ、そうだなぁ。父親というより師匠だぞ。二代目!」
「あっ、そうか。お咲を仕込むなら、師匠だなぁ」
女中奉公よりも、手に職をつけられるとか、なんとか、二代目が、分かったように言い始める。
その言葉に何かを見い出したのか、岩崎はお咲へ、バイオリンを突きだして、弾いてみろなどと言い出した。
「口で、ベンベン言うより、実際やってみた方が、身に付く訳か……」
そんな、無茶なことを二代目までが言い出した。
「鉄は、熱いうちに打て。とも、言う!」
岩崎は、すっかり、その気になっている。
しかし、どうゆう理由だろうと、お咲にバイオリンを渡して、演奏できる訳などない。
それくらい、月子でもわかる。それなのに、男達は、やいのやいのと言いながら、お咲にバイオリンの持ち方など教え始めた。
「……あ……、あ……」
お咲は、皆の勢いに、完全におびえ、バイオリンを受け取るどころか、うまく答える事すらできないでいる。
月子も、この余りの強引さに面食らった。
「あの!皆さん!やめてください!お咲ちゃんが、怖がっています!そもそも、いきなり演奏なんか、無理ですよっ!!」
泣きそうになっている、お咲を見かねて、月子の口は動いていた。
「だ!違いねぇ!京さん!月子さんとやらの言うことが、正しいぜ!」
月子の叫びを追うように、中年男の勇ましい声がする。
皆、誰が来たのだと、居間の入口を見ると、角刈りの頭に、ねじり鉢巻をして、着物の裾をはしょった男が、両手に、盛り蕎麦を持って、へい、お待ちどう!などと、ニカリと笑いながら立っていた。
「いやね、京さんの嫁さんが到着したって。追加の盛り蕎麦をって、吉田の執事さんが」
嫁さんが気になるわ、先に出前した蕎麦のせいろも下げに来たとか言ってくれる。
「そうだ、二代目、空の、せいろがあるが?なんだ、これは!」
岩崎の怒鳴り声に臆することなく、現れた男は、
「やだねぇ、京さん!亀屋特製、引越蕎麦に決まってんだろ?!」
はいはい、ごめんよと、威勢良く言いながら、男は、居間にずかずか入り込むと、出前であろう、蕎麦を置き、腰にぶら下げていた、五号徳利の瓶を置いた。
「へぇ、吉田執事気が効くねえ」
「まあ、まあ、ここは、中村のにいさん、もう一杯やろう!」
たちまち、二代目と中村は、酒へ飛び付いた。