並行世界の狭間。
私は、ある人に縋りつかれ泣かれていた。
「なぁ、お願いだ! 俺をここから出してくれ!!」
「……」
「聞けよ! 聞いてくれ! 俺は死にたいんだ……」
「……」
「なぁ、頼む! ここにいると頭がおかしくなりそうだ……!」
「……」
「なんとか言えよ!?」
「……うるさいのは嫌いだ」
そう一蹴する。
男は絶望したような表情でこちらを見ている。
助けてやったのに、このザマだ。だから人助けは嫌いなんだ。
「なぁ、一体ここは何処なんだ? お前は、誰なんだ……? どうすればここから出られる!?」
「一度に大量の質問をされても困る。質問は一つずつにしてほしい」
人間は慣れない状況にあると、冷静さを失う。せめてひとかけらでも、冷静さの塊をもっていてほしいものだ。
「はぁ……分かった。まず、ここはどこだよ?」
「……」
私は男を見た。この人間は、意外と物分かりが早い。今まで会った人間は、「そんな屁理屈言ってねぇで早く出せ!」などとうるさかったのだ。それに比べれば、まだマシな人間だ、こいつは。
「ここは私が作り出した空間だ」
「……は? 説明、それだけかよ」
「これ以外に何か説明が必要?」
「いや、この説明で納得できる方がおかしいだろ」
いちいち詳しい説明を求めるのも、人間らしいものだ。こういう面倒くさいことは出来る限り避けたいのだが。
「具体的に何を説明すればいい?」
「具体的に、って……ここはどこら辺にある場所なんだよ?」
「……パラレルワールドを、信じる?」
「ぱられる……?」
え、嘘だろ。パラレルワールドを知らないのか、この男。信じられない。
「あー、聞かなかったことにしろ。簡単に言うなら、ここは地球ではない。地球とは別の空間に居る」
「は? どういうことだよ……?」
男の動揺は収まらない。まぁ、大抵の人間はこうなのだ、仕方がない。
「まぁいいか……じゃあ次の質問。おまえ、誰だよ?」
「誰、というと?」
「その……お前、人間じゃないだろ」
勘が鋭い。そうだ、私は人間ではない。だが、その事実を簡単に教えるわけにはいかない。
「私は人間だ。人外じゃない」
「……お前、同じクラスの天野希空だよな。窓際の席に居る、いつも本ばっかりずっと読んでる、」
同じクラス……というと、この男は私の学校のクラスメイト。
名前は……そうだ。
「七海、遥、だったな、お前の名前は」
「……そうだけど」
こいつが、ベランダから身を乗り出し、自殺を試みた人だ。
どう呼べばいいのだろうか……とりあえず七海でいいのか。
「七海、どうしてベランダから落ちようとした?」
「それ、は」
口ごもる。自殺には何かしらの理由があるものだ。それがはっきりしない限り、私の仕事は成り立たない。
だが、同級生の自殺となると、少しばかり厄介である。
この年代の奴は、嘘をつくことが多い。自分が思っている正当な理由を隠し、偽りの言葉を放つことが殆どなのだ。
だからまずは、”受け入れる”という行為を挟まなければならない。
「言いたくないのなら、今すぐ口に出さなくてもいい」
私は大抵、この言葉から始める。
シナリオ通りの進め方で、いつもの流れで。それが、一番最適な方法だと、私は知っている。
「何か理由があって、あの行為に出たのは、百も承知だ。私は、君の行為を止めるつもりは微塵も無かった。言い方にフィルタをかけずストレートに言うならば、自殺など世界にはありふれた死因だから」
「じゃあ、なんで止めたんだよ!?」
「君のような人を見ていると、私の存在価値が見いだせないんだよ。頼むから、死のうとするのは、私の仕事を見て、それから、もう一度考えてからにしてくれ」
「しごと……?」
ここまで、マニュアル通り。完璧な指導だ。
ここからは、私の内側。心の奥深く。柔くて、すぐに崩れてしまう。世間一般でいうデリケートな部分に、自身で棘を刺してもらうのだ。相手の心を抉り、自分のしたことに過ちを覚えてもらう。
私のやり方だ、ここからは。
七海 遥(ななうみ はるか)
14歳。
とある理由で死にたいという感情が芽生え、自殺を試みる。
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