翌日、雨が降っていた。休日の最寄り駅はいつもと変わらず人で溢れていた。スーツを着たサラリーマン、イヤホンをつけて右肩にスクールバッグを掛けている学生、休日特有の家族連れ、杖をつきながらゆっくりとした足取りで歩く高齢者などの人達が改札機を通過後、ホームへと去っていく。
私はいつものように改札機に定期をタッチする。ピッと音が鳴ると改札機を通り抜けホームへと向かう。ホームに着くと雨が降っているためか湿気がすごい。その上、足元は濡れていて滑りやすい。
《間もなく電車が到着いたします。》
電車の到着を告げるアナウンスが流れる。その数十秒後電車がホーム内に来た。プシューという音とともに電車は止まりドアが開いた。
私は電車に乗りつり革の近くにあった椅子に腰掛けた。
ガタンゴトン…
《次は、一松一丁目、一松一丁目でございます。》
学校の最寄り駅である一松一丁目を告げるアナウンスが鳴ると、立ち上がりドアの側に立った。
プシューと音を立てて空いたドアと同時に早足で学校へ向かう。
駅を出ると雨はさっきよりも強くなっていた。私は、傘を差すと、水たまりを踏まないように慎重に歩いた。
学校に着くと、昇降口で上履きに履き替え5階に向かった。吹奏楽部の部室である音楽室は5階にあって、昇降口から行くと階段が多くてきつい。音楽室に着くと、扉が空いていた。扉を開けた先にいたのは…
「あ、小柴先輩、お、おおおおはようございます!」
つい緊張で声が裏返ってしまった。その声を聞いた小柴先輩は
「我妻さんおはよう。って声裏返ってなかった?笑大丈夫?」
と笑っていた。
「いえ、大丈夫です!!」
と髪を整えながら私は呟いた。
「そかそかー」
「先輩、早いですね。」
「そう?」
「はい、なんと言いますかその、えーと。あ、頭いいからだ!頭がいいから早く来てるんだ!」と思いついたように呟いた。
「え笑それどこ情報?笑私がここに早く来てるのは、部活で1日の予定立てるために来てるんだ。」
「あ、そうなんですね。」
「頭いいってのは誰から聞いたの?」
「白川先輩です。」
「あー、白川さんか。あの人私の事すぐ誰かに話したがるからさ、やめてって言っても、やめてくれないんだけどね。まぁ、いいんだけどさ。 」
いいんかい!と心の中で突っ込みながら、手元にある傘のひだをマジックテープでまとめた。
「我妻さんは電車で来てるんだっけ?」
「はい。」
「そっかー。じゃあ大変だね。雨ひどい日はさ、靴下もスカートもびちょびちょになるの。 」
「へぇーそうなんですか。」
先輩がうんうんと頷く。
「先輩はここまで何で来てるんですか?」
「私は自転車だよ。 」
「自転車なんですね。いいですね。私ここまで電車じゃなくても自転車でも行ける距離なんですよ。」
「じゃあなんで自転車にしなかったの?」
「自転車漕いでる時に大怪我したことがあって、それ以来、乗るのがトラウマになっちゃって。」私はショボンとした演技をした。
「そっかー、辛かったんだね。」
うんうんと頷く。
「あっ、そうだ!我妻さんはs…」
「おっはよーうございまぁす!!」
突然の大きな挨拶が聞こえ、先輩と私は同時に声のした方を見た。
「あれ、お話中でしたか?ごっめんなさぁい!」
「松山さんったら、雨の日に限ってとてもご機嫌がいいのね笑」
「はい、そうなんですぅ。あ、真由ちゃんおはよー!!」
「おはようございます。」
言いながら頭を下げた。
「1年生っていいよね。礼儀正しくて。」不意に松山先輩がそう言った。
「あ、どうもありがとうございますm(_ _)m」
「いいのよそんな。 」
松山が手を振った。
『おはようございます! 』
音楽室に次々と部員が入ってきた。
「皆さん、ミーティングしたいのでパートごとに集まってください。」
『はい!』
小柴先輩の合図で部員が動き出した。
|*・ω・)و゙ コンコン
「おはようございます。」
『おはようございます!』
声のした方を向けばドアのそばに桐島先生が立っていた。
「全員いるのね。小柴さん、ミーティングをやってもらってもいいかしら?」
「今からやろうと思ったところです。」
「あら、それはありがとうね。」
「はい。」
「それでは、ミーティングを始めます。出席確認です。フルート……」
それぞれのパートが呼ばれる度にいますだの…さんがお休みですだの言う中で、私はそっと横を向いた。いつもいた白川先輩がいなかった。昨日のLINEで、今日は用事があるから休みだと聞いている。
「我妻さん、白川さん知らない?」
白川先輩がいないと気づいた小柴先輩が私に聞いてきた。
「今日は用事でお休みだそうです。」
「用事があるのね。了解です」
優しく微笑んでくれた。
「出席連絡以上です。次今日の予定話します。」
基礎練が何時からだの、合奏が何時からだの、小柴先輩の作成した予定のメモがスラスラと読まれる。
「予定を伝え終わりました。なにか連絡のある方はいますか?」
小柴先輩の問に手を挙げる人はいなかった。
「では、練習場所に移動してください。」
『はい!』
「我妻さん、ちょっといい?」
練習場所に移動しようともろもろ準備してたら小柴先輩に呼ばれた。
「なんですか?」
「今日、白川さんいないから私とふたりだけじゃん?私、合奏の打ち合わせしないといけないから、先に行ってくれる?」
「わかりました!」
と片手で警官ポーズを作った。
私は楽器やら譜面台やらを持ってそさくさと練習場所に向かった。
フルートの練習場所は音楽室を出て少し歩いた先だ。手前からフルート、クラリネット、サックス、トランペット、ホルン、トローンボーン、ユーフォ・チューバーだ。
音楽室は打楽器の練習場所になっている。
ドアを開けると教室は休日特有の匂いを漂わせる。太陽の匂いだとか、朝の匂い。窓を開けて息を大きく吸い込む。気持ちいい。周りの机の匂いも嗅いでみようと思ったがやめた。それは、あまりにも変態すぎる。
教室の後方で後方席のうち椅子を2つ引き出し、横一列に並べた。
机の上に置いてある楽器ケースから楽器を取り出す。太陽から照らされる光が楽器を照らしてキラキラ輝いている。いつ見ても美しすぎるし、触ってる時に落としそうになってしまうのが怖い。
先に楽器ケースから頭部管を取り出し吹き出す。
トゥー、トゥー、と息を吹きかけることで音が出る。初めて吹いた時は頭部管を吹いただけで、息が上がってしまったが、時間が経てば、今では頭部管だけ吹いても苦ではなくなった。
音が出たところで本体と繋ぎ合わせる。中心のBを吹くと、優しくて癒されるような音が出る。チューナーで音程を合わせたあと、基礎練に移った。
|*・ω・)و゙ コンコン
「我妻さん、入るよ。」
「はい。」
ガチャッ
「ごめんね、ちょっと時間かかっちゃった。」
「大丈夫ですよ。」
「ありがとう。もう基礎練始めてる?」
「今からやる予定でいました。 」
「偉いねぇ、さすが私の後輩だ!部員にも愛されているんだもんね。」
「いえ、そんなことはないです!笑」
「えーうそ、ほんと?笑」
「はい!本当です!笑」
「そっかー。というか、急いで楽器吹き始めないと。」
と言って肩にしょっていた楽器ケースを机の上に置いて準備をした。
「小柴先輩は、なんでフルートを吹いてるんですか? 」
私は突然こんなことを言い出した。
先輩は準備する手を止めて私の方にちらっと視線を送る。
「私?」
人差し指で自分を指さし首をかしげた。
私はうんうんと頷いた。
「そうだね、やりたくてやった訳では無いんだけどね。」
「そうなんですか?」
「うん。私ね、元々トランペット吹いてみたいと思ってたの。」
「あ、そうなんですか?」
「うんうん。」
「でも、トランペット人多すぎて入れなくて、他にできるところ探してたら人数少ないところがフルートしかなくて。」
「はぁ、そうなんですか。」
「そうだね。」
「なるほどです。」
「我妻さんこそ、なんでフルートにしたの?というか吹奏楽以外でも色んな部活あったのに。」
「小さい頃、友達がやってたんです。お母さんの育て子で。」
「へぇ、そうなんだ。」
「その子のお母さんがフルート奏者ってこともあって、友達がお母さんに習ってて。」
「なるほどね。」
「たまに演奏会開いてたんです。家の中で。小さなステージがあるんです。」
「そうなんだ。」
「私、演奏聞いてた時、すごく上手くて、でも私できないって思ってたんですけど、私のお母さんがやれって。」
「あー、そうなんだ。」
「だからフルートやろうと思ったんです。」
「でも、それってやらせじゃない?」
「え?」
「お母さんが言っていたのって、小さい頃に見た演奏会で友達が吹いているのを聞いたけど、それ見てさぁ我妻さんができるかって言われると、それは中々できないんだよね。あ、別に否定とかそんな強く言ってる訳じゃなくて! 」
「友達がフルートを吹けるのは、お母さんがフルート奏者であったからで、我妻さんは違うよね?」
「はい。」
「楽器はね最初は誰でも上手くいかないものだけど、続けていけば上手くなるから。」
「我妻さんは、吹奏楽部楽しい?」
「はい!」
「そっかー、それは良かったね。」
「はい。皆さんがすごく優しいおかげで楽しくやっていくことができています。」
「やっぱり、我妻さんはちゃんとしてるね。ちゃんと先輩に敬語使ってて。はぁ…、偉いねぇ。」
「先輩には敬語で接するものですよ。ちゃんとしてるのは元からです。」
「そうかそうか。ところで、あの人はどう思う?」
と扉の方を指さした。
振り向くといつからいたのか松山先輩が立っていた。
|*・ω・)و゙ コンコン
「やほー!真由ちゃん!調子はどうだい?瑠夏先輩もお疲れ様でぇぇす!!」
「あのね、松山さん。お疲れ様でぇぇすじゃないの。先輩だからもうちょっとちゃんとしてよね。」
「はいはい、すみませぇん。」
「全くもう、松山さんったら。」
「松山先輩、お疲れ様です。」
「真由ちゃんお疲れ様!いやぁ、真由ちゃんは優しいねぇ。」
「はぁ、それより松山さんはもう基礎練終わったの?」
「いえ、まだやっていませんけどぉ?」
「だったらすぐ練習場所戻りなさい。」
「えぇぇ、瑠夏先輩のケチ!」
「なんか言った?」
小柴先輩が松山先輩に向かって仁王立ちした。
「いえ、なんでもないですぅ。んじゃ、真由またねっ!」
ガチャッ
「は、はい。」
「ごめんね、我妻さん。松山さんが迷惑をおかけして。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。にしても松山先輩元気でしたね。」
「まぁね、あの人はいつでもあのテンションだから。まぁ、唯一岸川くんといる時はちゃんとしてるっぽいけど。 」
「岸川先輩って?」
「私と同じ学年の男子だよ。松山さんと同じトロンボーンなの。」
「あ、そうなんですか?」
「そうだよ。」
あれ、確かリスト表に載っていたような。
「とりあえず、基礎練始めちゃって。」
「わかりました。」
指先でペラっと譜面をめくった。
基礎練習用楽譜と書かれたものは、入部して翌日に貰ったものだ。スタッカートやロングトーン、ビブラートなどの基礎練をこの1枚で行うことができると、とても便利である。
机の上にあるメトノロームを取り、楽譜に書いてあるテンポよりも少し遅く設定した。
カチ、カチ、カチと鳴るメトノロームは、私に好きなタイミングで入っていいよと言われているように感じた。
楽器を構え息を吹き込んだ。
|ω・)و゙ コンコン
(|・ω・)|ガラガラ
「練習中ごめんなさいね、小柴さん、合奏の時間予定通り11時からでいいからしら?」
「はい、大丈夫です。」
「良かったわ。 我妻さんも頑張ってね。」
「ありがとうございます。」
先生は穏やかな笑みを見せた。
基礎練が終わり曲練に取り掛かると合奏の時間は刻々と近づいていた。
「今日は、インヴィクタ序曲と音色の彼方をやると思うよ。」
「わかりました。」
インヴィクタ序曲と音色の彼方は入部して数日後に配られた。
東部支部研究発表会までのこり1ヶ月ちょっとだ。4月に入部してからもう1ヶ月が経ち、5月に入った。
ついこの間入学式だったのに、もう、5月なんて。時の流れが早すぎると感じた。
「そろそろ合奏だから、行こうか。」
「はい。」
先輩が部屋の電気を消して楽器と譜面台を持って移動するので、私も急ぎめで準備した。
「頑張ろ💪」
「はい!」
合奏は第10話です!お楽しみに🍀.*
コメント
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期待してます
第9話とても面白かったです。今後の10話に