テラーノベル
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若い男と老人が暗い国道を歩いている。
二人が歩いている歩道の脇を、何台もの車が猛スピードで走り抜けていく。
国道沿いに建っている店舗は疎(まば)らで、どの店も灯りを消してシャッターを下ろしていた。
その閑散とした国道沿いを、会話もせずに歩いているので、聞こえてくるのは、車のエンジンがあげる咆哮と、タイヤがアスファルトを噛む喧騒だけだ。
すると、若い男が突然立ち止まったので、後ろの老人が声を掛けてきた。
「ここなのか?」
若い男が頷くのを確認した老人は、改めて辺りを見渡した。
そこは見通しの良い場所で、大きな街路灯が等間隔で設置されており、夜の国道を明るく照らし出している。
場所を確認した老人が再び口を開く。
「交差点でもなく、見通しが悪い訳でも、ましてや急カーブでもない。
ここで単独事故を起こしたのなら、お主の言う通り、不審な点が多いのも事実じゃな。
じゃが、それだけで佐々木敏晴が殺されたと断言するのはどうかと思う…
それに、この件に白川家が関わっているとして、どうやって事故を起こしたというのじゃ?
バイクに細工などすれば、警察が真っ先に疑うじゃろう」
しかし、若い男は老人の言葉を無視して、バイクが激突したであろう電柱の擦過痕(さっかこん)をじっと見詰めていた。
「のう時雨、今回ばかりはお主の思い過ごしではないのか?」
その言葉に、時雨と呼ばれた男が小さく首を振ってから、「雨森さん、事故を起こすのは簡単ですよ…」と呟いたのだ。
雨森と呼ばれた老人が、表情の見えない時雨の背中に、「どうやってじゃ?」と質問を投げ掛けると、振り向いた時雨の顔に、通り過ぎる車のライトが当たって、一瞬だが険しい表情が浮かび上がる。
「呪物を使ったのです。
雨を降らせるには二通りの方法があります。
一つは、相手の身体に触れて体内の雨を活性化させる方法と、もう一つは、護摩札など念を込めやすい物に雨雲を沸かせてから、相手に持たせる方法です。
前者は、何度も触れる必要があるので時間が掛かりますが、後者は、呪物と同様に短時間で大きな効果が得られます。
だから、代々白川流では雨雲を沸かせるのは女性の役割だといわれてきました」
「なるほどのう、確かに女性であれば身体に触れられても警戒はしないし、何か物を渡されても油断してしまう。
しかし、今回の件に雨音さんは関わっておらぬ。
それなら…」
そう言って、話の続きを躊躇(ためら)った雨森は、「まあ良い…」と自分を納得させるように頷いてから、「お主の予想では、何者かが佐々木敏晴に呪物を持たせたと考えておるのか?」と訊ねると、時雨が真剣な表情で頷いた。
それでも腑に落ちないのだろう。
雨森老人が反論を続ける。
「しかし、呪物を渡したからといってバイクに乗った途端、タイミング良く雨を降らせることなど出来るのか?
例え、それが出来たとしても、運転中の体調不良を確実に事故に繋げるのは難しかろう」
この言葉に、顔だけ振り向けていた時雨が、身体ごと小柄な雨森に向き直る。
「呪物を持たせたのではなく、バイク自体を呪物に変えていたとしたらタイミングを測る必要はありません。
更に、バイクに乗る佐々木さんにも事前に雨雲を沸かせておけば、相乗効果で確実に事故を誘発できるのです」
雨森は言葉を失い、唖然とした表情で時雨を見詰めていた。
「しかし、夜中に慌てて飛び出した佐々木敏晴に雨を降らせるのは難しい。
だからといって、何日も前から雨を降らせていたのでは、恋人である雨音さんに気付かれてしまう。
とはいえ、どれもこれもお主の臆測に過ぎぬ」
最後は、優しい口調で宥める雨森に、少し寂しそうに首を振った時雨がおもむろに口を開いた。
「残念ながら憶測ではありません。
佐々木さんの家族に問い合わせると、事故のバイクがスクラップ工場に保管されていたので、そのバイクに鍼供養を仕掛けたのです。
そして、佐々木さんがバイクに乗った途端、タイミング良く雨を降らせた仕掛けは、ヘルメットの中に残されていました」
そう言って、ポケットに手を突っ込んだ時雨が、再び手を出すと、そこには、和紙で作られた護摩札が握られていた。
国道に目をやった時雨が、独り言を呟くように喋り始める。
「この事故現場を見て確信しました。
見通しの良い真っ直ぐな道路…
急いでいた佐々木さんは、ここでスピードを上げたのでしょう。
そこで、幻影を見せられたのです。
幼い子供が、急に飛び出してくる幻影を…
人は、スピードを上げる瞬間にアドレナリンを放出します。
そのアドレナリンに雨が反応したのでしょう。
潰れたバイクには大量の雨が残っていて、色々なことを僕に教えてくれました」
時雨の呟きに対して、大きな溜息で返した雨森は、諦めたように口を開いた。
「お主に隠し事など、何の意味も成さぬな。
これから、どうするつもりじゃ?
まさか、白川家と事を構えるつもりではあるまいな。
命が幾つ有っても足りぬぞ」
「そんな大それた事は考えていませんが、今回の事件は不審な点が多いのです」
「不審な点?」と雨森が時雨の言葉を繰り返す。
「証拠が多過ぎるとは思いませんか?」
雨森は目を剥いて、「証拠が多いとはどういうことじゃ?」と聞いてくる。
「はい」と頷いた時雨が、「白川流が関わっているのに、バイクの雨が放置され、ヘルメットの中には護摩札まで残されていたのです。おかしいとは思いませんか?
まるで、罪が暴かれることを望んでいるみたいだ…」
「確かに雑な仕事だとは思うが…
そこに、何らかの意図が隠されていると言うのか?」
再び頷いた時雨が、「闇サイトのハビーデスチャンネルの事件でも感じた事ですが、故意に証拠を残しているとしか思えないのです」と言い放ったのだ。
雨森老人は、この発言にしばらく言葉を失っていたが、気を取り直して口を開く。
「あのハビーデスチャンネル事件は、雨が自然発生したのではなく、白川流が関わっていたというのか?
それなら、お主を誘い出す為に餌を撒いておるのかもしれんのう…」
「いえ。白川流はそんな回りくどいことはしません。
もし、本当に僕が邪魔だと思うのなら、わざわざ誘い出さなくても、向こうからやって来ますよ。
佐々木さんを始末したみたいに…」
雨森も首を捻る。
「では、何がしたいといのじゃ?」
「僕にも分かりませんが、この雨からは深い悲しみの味がするのです」
雨森が考え込むように、「深い悲しみのう…」と呟くと、二人は同時に何かを察して黙り込んでしまう。
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井野匠
さくらぶ
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