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井野匠
さくらぶ
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雨森神社の白川時雨が、あまりにも神秘的だったので、勝手に都会のオフィスビルに瀟洒(しょうしゃ)な治療院を構えているのだと思い込んでいた。
しかし、「何か有れば連絡をください」と渡された名刺を頼りに来てみれば、小さな民家に手を加えただけの見窄らしい治療院だった。
今では珍しいガラス引戸に、カラーコピーをパウチしただけの看板が貼り付けられている。
呼び鈴も無かったので、ガラス引戸を少し引いてから「すいません」と声を掛けても、中から何の反応も返ってこない。
手を繋いでいた莉子を見下ろすと、莉子も不安な表情で私を見上げている。
莉子に、「ここで待っていてね」と断りを入れてから中に入ると、三和土の上はフラットな板間に改装されていたが、その板間に少年が半裸の状態で倒れていた。
それを見た私は、気が動転して「ギャー」っと、絹を裂く悲鳴とはほど遠い、低い唸り声を発してしまう。
すると、間仕切りのカーテンが勢いよく開いて、白いポロシャツの女性が顔を出した。
女性は、倒れている少年に気付かないのか、「ど、どうしたんですか?」と私と同じくらいの大声で聞いてきたので、私は、少年を指差しながら「男の子が倒れています!」と急いで知らせる。
ところが、倒れている少年を見下ろした女性が深い溜息を吐きながら、「ドン」と、少年の脇腹を蹴ったので二度驚いた。
「えっ!」と驚いた私を尻目に、「アンタがこんな所で昼寝してるから、お客様を驚かせちゃったでしょう!」と抗議の声を上げる。
「ひ、昼寝!」と私が素っ頓狂な声を上げると、少年がモゾモゾと起き出して、「だって、床の方が冷たくて気持ち良いんだよ」と文句を吐き出す。
そして、女性が私に顔を向けながら「申し訳ありません…」と発した言葉を途中で止めてしまう。
私も、女性に見覚えが有ったので、女性の顔をマジマジと見詰める。
そして、二人同時に「あっ!」と声を上げてしまった。
この女性は、雨森神社の巫女さんではないか。
どうして、こんな所で働いているのだろうと不思議に思っていると、次の間から白川時雨が現れた。
雨森神社で見た時とは打って変わって、ボサボサの髪に寝ぼけた顔をしている。
しかし、私の顔を見た途端、真剣な表情になって「旦那さんの病気が再発したんですか?」と心配してくれた。
それを聞いた女性も、「やっぱり。日向凛さんですよね」と言ったので、私も眼鏡を直しながら急いで、「はい」と頷いたのだ。
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