「帰りなよ。風邪ひくよ。――話は今度、聞くから」
「今度? ――こんだけ待ってたのに?」
不満げに郁が唇を尖らせる。
真のこんな子供っぽい表情、見たことない。
そう思うと、急に郁の姿が真と乖離していく。あんなに似ていると思った顔立ちも、見間違えるほど相似性はない気がしてきた。
真と同一視して、義理の弟を遠のけるなんて滑稽だった。
雪緒は傘を持ち直し、マンションのエントランスに向かって歩き出した。
拗ねた表情をして目で追ってくる郁に、顔だけ向いて、
「あったかいお茶くらい出すけど、飲むならおいでよ。話もしたいんでしょ」
と言うと、さっさと歩く。付いてこないならこないで構わなかった。
――小走りの足音が追いかけてきて、雪緒の後ろに並んだ。
振り返らずに年代物のエレベータの前に立ち、時代を感じるボタンを押す。
心なしか新しいものよりゆっくりと降りてくる気がする階数表示を、黙って見上げる。
黄ばんだ明かりが1を照らしたとき、
「……こんな時間に、男、部屋に入れていいんですか?」
帰れと言ったら文句で返したくせに、ちくりとそんなことを言う。
雪緒は到着したかごに乗り込み、振り返って最大限のふてぶてしい笑みを浮かべてやる。
「私、軽い女なんで」
郁は前髪から雫を滴らせて、むっとしたような表情で雪緒の隣に立った。
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