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スチールの重い玄関ドアを開いて灯りをつける。後ろに立っていた郁が、
「えっ?」
と声を漏らすのが聞こえた。
この部屋に訪ねてきた人は、大抵外観で作り上げたイメージとのギャップでこんな反応をする。雪緒自身も最初そうだったから、ほくそ笑んでしまう。
「タオル持ってくるからちょっと待ってて」
先に部屋に上がり、ストックしてあった来客用のバスタオルやフェイスタオルを総動員する。
玄関に戻ると、郁が感心したように部屋を見回している。
「すごいね。リノベーション、内部に全振りしたんだ」
「外からじゃわからないでしょ」
フェイスタオルを手渡し、バスタオルは玄関框に折り畳んで敷いた。
「ここに座って。お茶淹れてくる」
「ここ? 部屋、上げてくれないの」
「そんなびしょびしょの人上げたら、床が染みになっちゃう。無垢材だもん」
「えー」
私の軽さはここまでです。
何やらブツブツ言っていたが、郁は大人しく指定の場所に座った。
電気ケトルでお湯を沸かす間にお茶の準備をして、熱湯を大きめのマグカップと紙コップに注ぐ。
玄関に戻ると、紙コップの方を郁に渡した。
小さく礼を言って、紙コップをのぞき込むと怪訝な顔をする。
「……何、これ?」
「梅こぶ茶」
ぴんとこない顔で見下ろしていたが、両手を温めるように紙コップを包んで恐る恐る啜る。
――味を確かめると、驚いたような顔をした。
「……うま」
「それはよかった」
雪緒も玄関近くの床に腰を下ろし、膝を立てて梅こぶ茶を口にした。食べたばかりのフレンチの味が、酸味に置き換わっていく。
しばらく黙ってお茶を啜っていたが、郁が紙コップを床に置くと左手でポケットを探り出した。
湿っているせいか手こずった様子で、やがてビニールに包まれたものを取り出した。
雪緒に見えるように置いたそれは、ジップロックに守られた指輪ケースだった。