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サイド青
まぶたも下がる昼下がり。
5時間目の授業中、断続的に襲ってくる眠気に俺は必死で耐えていた。
今やっているのは数学。苦手だから、テストの点も伸びない。だからこそしっかりやらないといけないのはわかっているのに、悪いのはこの時間のせいだ。
「おい樹、寝るなって」
突然、隣の席から肘で小突かれる。
京本大我。ジェシーと同じくらい仲良しだ。真面目なやつだから、授業中に俺が寝そうになっていたら、こうやって注意してくれる。
「…寝てない」
「いや寝てただろ、完全に」
「んー…きょも、後で教えて」
「はあ、しょうがねーな。わかったからちゃんと聞いとけ」
やっと授業終了のチャイムが鳴る。
「ふう……」
と、自分の鞄からスマホの通知音が聞こえた。
こんな時間に誰だろう、と思って見てみると、ジェシーだった。「えっ」
『ねえ樹聞いて! あのね、退院決まったよ! 今週末だって!』
嬉しそうな絵文字とともに送られてくる。それを見た途端、眠気なんか吹き飛んだ。「うっそ…!」
「ん? どうした樹。あ、わかんなかったとこ教えたげるよ」
きょもが声を掛けるが、そんなことは後回しだ。
「ごめんきょも、ちょっと待って」
「え?」
すぐに返信をする。
『え、ほんと⁉ 嬉しい、良かったね! 待ってるからな、早く戻ってこいよ!』
「どうしたんだよ、急に顔明るくなったな」
「ああ、ジェシーから連絡きてさ」
「え、あのジェシー?」
同じクラスだから、きょもも知っている。
「そう。今週末に退院できるって!」
「おお、そうなんだ、良かったじゃん! お前ジェシーと仲良いもんな」
「やっとだよ…。寂しかったな」
「え、俺は?」
「いやもちろん、きょもも好きだよ」
まんざらでもない笑みを浮かべる。「楽しみだな」
「うん!」
その日の朝、ジェシーは特に久しぶりと言うわけでもなく、真っ先に飛んでくるでもなく、ただ普段通りに、「樹おはよう」と言った。
「おはよう、ジェス」
いつもの愛称で挨拶を交わす。以前の日常が戻ってきたな。そう感じた。
でもその言葉だけじゃ足りなくて、俺はジェシーの机に駆け寄り、
「もうめっちゃ待ってたんだからな! 早く帰ってこねーかなってずっと楽しみにしてたのに、そのあっさりさはなんだよ!」
笑顔でじゃれつく。
「おおう、樹こそなんだよ、興奮して。子犬かよ」
「だって寂しかったんだもん」
「そっかそっか。待たせてごめんな。俺も早く樹と一緒に学校行きたかった。病院じゃつまんない」
「俺も、ジェシーのいないクラスなんて楽しくなかった」
「でもお前大我とも仲いいじゃん」
「それはそうだけど!」
この他愛もない会話が、どれだけ幸せか。身に染みてわかった。
「ジェス、今日も一緒に帰ろうな」
「もちろんだよ! 言うまでもない」
終礼のチャイムが鳴ると、ジェシーの机に鞄を持って向かう。
「どう、なんか歩きやすさとか変わったの?」
「いや。ただ検査結果が良くなったってだけ。そんなに変わんないよ」
「そっか。まあでも悪くなんないだけいいね」
「うん」
杖を持って立ち上がり、俺はジェシーの鞄を持って歩き出す。と、いつもは歩調を合わせているつもりが、自分の少し後ろにジェシーがいることに気づいた。
「ちょっと樹、速いよ」
「え、そう? ごめん」
しばらく一緒に歩いていなかったせいか、自分の歩く速さになっていたようだ。
ゆっくり、一歩一歩。
学校を出ると、楽しく話しながら帰る。ジェシーが歩くのが遅いおかげで、たくさん喋れるんだ。たくさん話して、たくさん笑った。
「着いた。疲れたよね、ゆっくり休みな」
「うん。樹こそ」
「じゃあ、また明日」
やっと言えたこの言葉。ジェシーはにっこりと、嬉しそうに笑いかける。「ああ、またな!」
こんなたった4文字の挨拶でも、貴重なんだな。
本当に、そう思い知った。
また明日、いつもみたいに笑い合おうな。
終わり