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憐れみのカンパニュラ
ゆらゆら、と木がざわめく。 「あの人」の髪色に染まった夜の景色。
ましゅまろみたいな雲がぽつり、ぽつりと散っている。
カラスがガーガー、とうるさく声を荒らげながら別の場所へばさばさ飛び去った。
寂れた公園には、古くなった遊具が設置されてある。
昔、ここにジャングルジムがあったのだけれど、危険だからと撤去されてしまった。子供の頃の思い出が消え去るようで、なんだか悲しい。
さび臭くなった鉄棒、ブランコはぎぃ、ぎぃ、と苦しそうに音を立てている。
……私は力なく、そのブランコの椅子に座るしか無かった。
――なおきりさんが死んだ。
原因は交通事故。酔っぱらいのトラック運転手が信号無視をして、なおきりさんをそのまま轢いた。
顔がぐちゃぐちゃになってしまったらしい。あの、整った、綺麗な顔が。見る影も無く、ぐちゃぐちゃに。
そのトラックの運転手は十年牢屋に入れられるらしいが、私にはそんなことどうでもいい。
もう、居なくなってしまったんだから、いくら後悔しても遅い。憎しみも、うらみも、その運転手には思ってない。思ったって無駄だから。
昨日、なおきりさんと通話して、「好きだよ」なんて言いながら枕にほっぺをくっつけて寝てしまって、うっすらなおきりさんの笑った声が聞こえた気がする。
デートの約束を来週にしていた。ちょっと甘酸っぱい恋愛映画。高校生の主人公が、イケメン転校生と目が合っちゃって、そこから恋に発展していく。どこにでもあるような、ありふれた映画だ。
お互い、忙しいけれど、やっと決められた予定だった。もう、それはうきうきして。浮かれてて。その日に着る洋服だったり考えてた。
……もう、デートどころか、顔さえ見られないけど。
最後に見れた顔は、確か、キスして照れちゃってた顔だった気がする。すぐにやり返されたけど。
なんか、もう、今考えると全てが幸せだったんだ。その幸せが当たり前だったから、もう、後には戻れない。
からぴちのメンバーは、私がなおきりさんと付き合ってたことは薄々気付いてる。だからこそ、あの人たちは私に連絡をしなかった。
私がこういう時、しばらくそっとしておいて欲しいってわかってるから。
涙は、もうとっくのとうに枯れた。目のふちは痛々しいくらいに赤くなってて、自分でもあまりいい顔とは言えなかった。ニカッと笑ってみても、その笑顔はなおきりさんの好きな笑顔には程遠かった。
「俺、るなさんの笑顔好きなんだよね」
なおきりさん、ごめん、今は笑えないや。
悲しくて、辛くて、苦しくて、もう、色んな感情がまぜこぜになって上手く言葉に出来ない。
まさか、今日死んじゃうなんて、だって、だって……。
「ぅあぁあ……ぁ……ぁぁ」
私はもう、喋ることなんか出来なかった。枯れていた涙が復活して、ほっぺをつたう。ぽたり、ぽたりとブランコ周辺を濡らした。
ずび、と鼻水をすすっても、涙を手で吹いてみても、止まらない。壊れた蛇口みたいに、もうコントロール出来ない。
走馬灯みたいに、なおきりさんとの思い出が蘇ってくる。そのどれもが愛おしくて、私の涙は勢いを増す。
「るなさんこれ欲しい?あげなーい」
なおきりさんの、大人っぽくて優しい声。
「好き。大好きだよ。ほんとだよ」
私を好きだ、好きだって疑わない目。
「ねぇ、このまま離したくない」
私をぎゅっと抱きしめてくれた大きな腕。
「大丈夫?」
いつも見てきた頼れる背中。
「もう、くすぐったいよ」
ぴょこぴょこ跳ねる可愛い髪。
もう、全部全部好き。大好き。なのに、どうして。もう、戻らない。戻れないんだよ。
あんなに近くに居たのに、あんなに大好きだったのに。
いや、それは言い訳にならないかもしれない。
ひゅう、と生ぬるい風が吹く。私をなぐさめているみたいなその風に、また私は泣いた。
ぽつりぽつりと見れる星が綺麗な三角をえがいている。
「あれが確かなんだっけ、なんだっけ。忘れちゃった」
なおきりさんがそんなことを言っていたような気がする。……私もあんまり頭が良くないから分からなかったけど。
――後から聞いたのだけど、もふくんが言うには、よく夏に見かける星は、アルタイル、ベガ、デネブ。アルタイルは彦星。ベガは織姫……らしい。
「織姫と彦星って一年に一度しか会えないんでしょ?そんなの俺、嫌だなぁ」
今は、もう、二度と会えないけどね。
――なんか、もう、だめだ。考えがまとまらない。
何も考えられない。
……地面をけってブランコをこいだ。子供のころ、よく貸してってお願いしたけど、あんまり貸してもらえなかったんだよなぁ……。
ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ。星空と距離が近くなる。いつもの私だったらこわいこわい言ってたんだろうけど、今だったらジェットコースターも乗れてしまうかもしれない。
うっかりジェットコースターから落っこちてしまえば、なおきりさんと同じ景色が見られるのかな。
高く、高く上げると暗闇の中に見える青色が見れる。きれい。とっても。
雲の向こうで、高層ビルが顔をのぞかせた。黄色く光っている窓は、ぽつり、ぽつりと明かりを消していく。
「るなさん」
もう、その声で私を呼ぶことは無い。
あの遊園地が、最後だ。観覧車のてっぺんでキスなんかしちゃった。それも、最初で最後。
ひぐらしが寂しそうに鳴く。夏の終わりが近づいていく。私の心の終わりも。
人生誰しも終わりはある。そんなの、分かってるよ。でも、それがまさか今日だとか、思ってないじゃん。
止まらない涙の世話なんか出来るはずも無く、私はただひたすらにブランコをこいだ。
高く、高く。もっと高く。そのまま天に行くみたいに。そして、またもう一度デートをするんだ。
天国で、虹の滑り台を降りながら。手を繋いで、キスをするんだ。
……なんて、子供じゃないんだから。
まだ、死ねる訳ないよ。このまま死んでしまったら、なおきりさんに怒られちゃう。
それに、卒業したとはいえ、私までも死んじゃったらみんな悲しいどころの騒ぎじゃないよ。
土に染み込んだ私の涙は、ぽつぽつと模様を描いていた。足元には花が咲いていて、それは、恐ろしいぐらいに綺麗だ。
――その中で一番目立つ青い花は、私をかわいそうだって言ってるみたいで、私は顔を歪めた。