テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
豊洲倉庫の地下に広がる空間は意外だった。
古ぼけた倉庫を改造したらしいが、LED照明と防音壁によって異様な静寂が保たれている。中央には黒い革張りのテーブルが置かれ、その上に銀色の小さなケースが一つ。
「座れ」
八木の命令に従うしかなかった。椅子の背もたれには高級ホテルの部屋番号シールが貼ってある。つまりここはそういう場所なのだ。
ケースが開かれた。中には透明なプラスチック賽。
「サイコロ・エッジのルールは単純だ」
八木が説明を始める。彼の声は不自然なほど冷静だった。
賽は六面体構造があり、振ると面が回転する
表示されるものは1~6の数字ではなく、「勝利」「撤退」「反則」「死」「破産」「救済」の六つ
初期賭金は借金額の10%(智司なら45万)
「勝利」が出れば倍率10倍の配当
「撤退」ならベットした金額を回収して終了
「反則」または「死」が出ると借金は二倍になる
「破産」は即刻全て没収+爪剥ぎ
「救済」は次回ゲームの参加権利を得られるが返済義務はそのまま継続
「質問はあるか?」
「……二回目以降はどうなるんですか?」
「二回戦を望むなら新たにベットすればいい。ただし利息は日に130%だ」
八木の指が賽子を掴み上下に振った。透明な液体の中で白い点が踊る。
「試しに一回振ってみろ」
手渡された賽子は思ったより重い。掌中に汗が滲む。
「初めての人間には『運の偏り』という言い訳を与えてやる。これが最初のチャンスだ」
深呼吸して腕を振った。空中で回転する賽子。床に落下寸前でキャッチすると内部で六つの面が固定される。
「結果は……『死』だ」
八木の唇が歪んだ。
「残念だな。借金は45万×2=90万。つまり540万円に増加。そして利息が……」
「待ってください!」
叫び声が出た。
「チャンスをください!もう一度だけ!」
「言ったはずだ。『運の偏り』なんてものは存在しない。また振るといい。今度は本番だ」
「……わかりました。全額賭けます」
再び賽を握る。もう後戻りできない。今ここで生き延びるためにはゲームを続けるしかない。力任せに振る。地面に叩きつけようとした瞬間、右手首に激痛が走った。骨折の感触。
「何やってんだ?馬鹿が」
八木の呆れた声。彼が賽子を拾い上げる。表示されていた文字は「撤退」だった。
「残念だ。お前の負けだ」
血の気が引いた。これで終わりなのか?何も変われず?いや……。
「最後のチャンスをください」
智司は折れた右腕を押さえながら叫んだ。骨の軋む音が脳裏に響く。
「三度目の正直です」
八木が微かに笑った。
「面白い。だが通常ルールでは三回目はない。特別な条件を飲むなら認めてやらなくもない」
「どんな条件でも飲みます」
「簡単だ。次のベット額を五倍にしてもらおう。450万の5倍──2,250万円だ」
頭が真っ白になった。そんな額持ってない。どう考えても不可能だ。しかし八木は続けた。
「支払い方法は分割でも構わない。ただし利息は130%だ。そして重要なことは──」
彼が近づいてくる。耳元で囁いた。
「今後のすべての返済が『サイコロ・エッジ』でのみ可能となる。他の手段での返済は一切認められない」
それは悪魔の契約だった。永遠にサイコロに命を預けろと言っているのだ。それでも今の智司に選択肢はなかった。
「わかりました」
震える左手で賽子を握りしめる。
今度こそ決めなければ──人生初の「勝利」か「救済」を。そして智司は最後の一投に全神経を集中させた。