テラーノベル
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智司は最後の一投に命を懸けていた。右手の骨折した痛みなど忘れていた。折れた骨が皮膚を突き破るような錯覚さえある。それでも左手一本で球体を振る。
空気を裂く音。床に落ちかけた賽を必死に捉える。内部で回転していた白い点がピタリと止まった。
「……死?」
八木が目を細める。画面に浮かび上がった文字は確かに「死」だった。二連続の「死」。これは偶然なのか?それとも……。
「四度目の挑戦を認めない。よって借金額は2,250万円だ。そして利息も累積すると、4億2000万だ」
智司の膝が崩れた。数字の桁が大きすぎて頭に入ってこない。ただ全身を冷や汗が覆う。
「おかしい……こんなはずじゃない……」
呟く智司を見下ろしながら八木は不敵に笑った。
「おかしくなんかないさ。お前が最初から負け組だったんだ」
ふと気づいた。八木の表情が今まで見た中で一番楽しげだったことに。
「待てよ。これって……まさか……」
智司は周囲を見回した。この密室。特殊な照明。そして何より──自分の手にある球体の動きが妙に規則的だったことを思い出した。普通のサイコロならもっとランダムな挙動をするはずなのに。
「……操作してるだろ?」
「何を根拠に?」と八木が肩をすくめる。
「だっておかしいじゃないか!二連続で『死』なんて!いくらなんでも確率が低すぎる!」
「確率論に詳しくなったものだな」
八木の瞳に冷酷な光が宿る。
「だが言っておく。お前みたいな愚かな債務者のために『公平性』なんてもんは存在しない。欲しいものが手に入ると思うな。特にこの『黒煙』の領域ではな」
そこで思い出す。佐竹との最初の出会い。パチンコ屋で声をかけられた時からすべて仕組まれていたのではないかと。
「じゃあなぜ俺を選んだ?」
「お前には強い意志を感じたからさ。それに……」
八木が近づいてきて耳打ちした。
「欲しがってるんだ。新しいプレイヤーを」
「どういう意味だ?」
その問いに答える前に八木の携帯が鳴った。スピーカーホンに切り替わる。
「佐竹だ」
威圧的な声が響いた。
「新人の処遇は決まったか?」
「問題ありません。現在4億超の債務を持っています」
「良し。では当初のプラン通り進めろ」
「了解しました」
通話を切った八木が賽をテーブルに置く。
「さて智司君。お前の新しい役割について説明しよう」
「何?」
「お前はこれから『黒煙エンタテインメント』専属のデモンストレーションプレイヤーになる。週二回ゲームを行い、ネットの生放送でお茶の間に恐怖と興奮を届ける役目だ」
衝撃で思考が停止した。
「冗談だろう?」
「嘘だと思うなら見るがいい」
八木が壁際のモニターを指さす。そこには先ほどの一部始終がライブ中継されていた。コメント欄には既に数百件の書き込みが流れている。
『新入りか?』
『このガキヤバイ顔してんなwwww』
『4億ってマジ?』
『救いがないwwwww』
『応援するぞ頑張れよ(棒)』
『今晩のおかず確定w』
「見ろ。お前を期待するファンがいる。彼らのために毎週『サイコロ・エッジ』で命を削ってくれ」
絶句したまま立ち尽くす智司。右手首の痛みが急に戻ってきた。折れた骨の存在を強く感じさせる。
「安心しろ」
八木の声が優しくなる。
「医療費は貸付扱いにしてやる。もちろん利率付きでな」
「断ったら?」
「お前の家族に訪ねるだけさ」
冷徹な宣告だった。
「……わかってる……」
諦めとともに膝から崩れ落ちる智司。これが彼の新生活の始まりだった。
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