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最終話「ふたり」
夜の海は、真っ黒だった。
空と海の境目さえわからない。世界の輪郭が消えていくような、そんな深い夜だった。
波の音だけが、確かにあった。
ずっと前からここにいたように、静かに、優しく、そして永遠に。
ふたりは、防波堤の先に立っていた。
風が強く、ひなたの髪がふわりと宙に舞う。
「つかさ……」
「ん?」
「まだ、怖いよ。でもね、こうしてると、世界の全部が遠くなる気がする」
「わかるよ。私も、そう思ってる」
ふたりは少しだけ笑って、手を繋いだ。
「この手を離したくないな」
「……離さないよ。死ぬまで、一緒にいるって決めたもん」
つかさがポケットから、あの日買った古いスマホを取り出す。
電源を入れると、画面には小さく通知が溜まっていた。
「私を見捨てるの?」「保護要請」「絶対見つけます」
いろんな言葉が、冷たい光で並んでいた。
でも、それを全部無視して、ひとつだけアプリを開いた。
地図だった。今までふたりがたどってきた道のり。小さな点が、海辺まで続いている。
「……ここまで来たんだな。逃げっぱなしだったかもしれないけど、ちゃんと自分たちで決めてきたよね」
「うん。全部、自分で選んだ道だよ」
ひなたが、もう一度だけ言う。
「……ここで、終わりにする?」
つかさは小さく首を振った。
「……違う。“ここから”にする。
死ぬために来たんじゃない、生きるために、ここまで来たんだ」
その言葉は、夜空の下でしっかりと響いた。
「きっと、また誰かに見つかる。傷つく。捕まるかもしれない。でも、もう一人じゃない。
私は、ひなたがいれば、それでいい。
生きる理由って、たぶん、それだけでいいんだ」
ひなたは、強く頷いた。
「私も……つかさがいれば、それでいい」
ふたりはお互いを抱き合いながら、空を見上げた。
黒い空に、星が一つ、また一つと瞬き始めていた。
――もう、逃げるのはやめよう。
――この世界で、ふたりだけの生き方を見つけよう。
それは、夜の終わりのようで、
夜明けのはじまりでもあった。
いつまでも波の音が、ふたりを包んでいた。
完。