視線の先に見える景色。
毛足の長いラグ、ローテーブルの脚、ソファの脚、カーテンの裾。カーテンは時々はためいて、窓の外を覗かせる。霞がかった青が見えた。日の光が、ほんの少しだけ差し込んでくる。
フローリングに頬をくっつけたまま、俺は、一体どのくらいこうしているのだろうか。
眠くならないから、眠らないでいた。
お腹が空かないから、何も食べなかった。
ただ、窓の方に顔を向けて、寝転がっていた。
うつ伏せになったり、仰向けになったり。喉は乾くので、時々水を飲みにキッチンに立った。そうして、水を一杯飲むとまた、フローリングに横たわって、ひやりとした硬い感触に頬を押し付けた。
自分の右手を、まるで他人のもののように眺めてみる。親指があって、人差し指、中指…5本の指がさらりとフローリングを撫でる。中指の先が、円を描く。
この手が、羽根になってしまえばいいのに。そうしたら、絶対に彼を傷付けることなんてないのだから。
長いまつ毛に縁取られた聡明な瞳。こちらを睨みつける、その表情。けれどそれは次第に潤んで、とろとろと蕩けて、濡れてしまう。普段泣くことなんてない彼の、ぐずぐずに泣き崩れる姿を見ると、ひどく興奮した。
心の底から優しくしたいと思ってるのに、いつもうまくいかなくて無体をしてしまうのだ。
この感情は一体どうしたら良いんだろう。
「どうしたの、そんなところに寝転んで」
「……阿部ちゃん」
急に降ってきた声に顔を上げる。
腰をかがめてこちらを覗き込む彼の、優しい表情。
めちゃくちゃに汚してしまいたい衝動に駆られる。誰よりも大切にしたいはずなのに。
「ヒゲ生えてる」
隣にしゃがみ込んで、ふふふ、と小さく笑い声をあげる彼が、優しい手のひらで俺の頬を撫でる。
心地よくて思わず目を閉じた。
「乾燥してるね…」
人差し指がいたずらに唇に触れる。まるで弄ぶみたいに、表面を何度か往復した指先が、粘膜の境目にやってきたので、誘い込むように俺はその指を銜えた。
甘ささえ感じる、その細い指に思うまま舌を絡ませる。
頭上から切ないため息が聞こえた。瞬間。
「いたっ」
思いきり、噛みついてみた。
痛みに驚いて逃げようとする腕を掴んで、じっと彼を見上げる。
「痛いよっ、いきなり何すんだよ」
言いながら小さく眉を寄せ、彼は不満そうに唇を尖らせた。
けれど、深く刻まれた歯型をなぞるように再び舌を動かせば、簡単に瞳を潤ませて唇を薄く開くのだ。
その表情や、仕草がどんどん俺を狂わせていく。
こちらが仕掛けているはずなのに、剥き出しの心臓を握り込まれたみたいに、胸が苦しい。
まるで、やっかいな病気だった。
それは、彼のせいで一生治ることがないのに、彼にしか癒すことができない。
「ああ…」
甘い吐息、甘い声。何もかもが、痺れるくらいに、甘い。
こうやって俺は、今日も甘い病に蝕まれていくのだった。
コメント
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恋煩いって言葉がめっちゃ好きなんですけど、なんかもうどちらともなくズブズブな感じが…めっちゃ好きです……🫣
めめあべちゃん大好きやん🫣🖤💚