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「積もる話は後にしよう。ともかくこっちにおいで」
シディはニコッと微笑むと私に手を差し伸ばし荷馬車から降りるように促して来る。
ここから降りればその先は大帝国と名高き皇都クトゥネ。でも、私はここから降りるわけにはいかない。
何故ならば、それによって大勢の人たちが不幸に陥れる事態になりかねないからだ。
「一つ確認させて。もうここが皇都クトゥネなの⁉」
「ああ、そうだ。君がむくれている間に到着してしまったのだ。本当は思い出話でもしながらのんびりと帰って来たかったんだがな」
「はあ、それは私のせいじゃないわよね……? でも、それなら私は馬車から降りるわけにはいかないわ」
「どうしてだ?」
その理由を問われる意味が分からなかった。
私は王国中から忌み嫌われる存在である呪物聖女カルミアにして王国の秘宝と謳われた大聖女アネモネの殺害犯。そんな私を王国の司法に成り代わり魔女を唯一滅ぼすことが出来る魔剣で成敗した、という詐欺まがいの行為で横からかっさらったのだ。皇帝であるシディが、である。
万が一にも私が生きていると王国に知れれば外交問題に発展することは確実だろう。それこそ戦争の火種になりかねないのだ。
「そんなことシディにだって分るでしょう? 大罪人である私の生存が分かれば、きっと王国は黙っていないでしょうから」
「なんの問題もないではないか」
「どうして? 私は大聖女アネモネ御義母様殺害犯なのよ?」
「だって君は無罪なのだろう? 犯してもいない罪に怯える必要は無い」
「それはそうなんだけれども……」
「それでもし君を断罪しようとする者がいるならば、それはオレの敵だ。敵は全て滅ぼすだけのこと。だから、君がそのようなことを気に掛ける必要はないんだ」
ニヤリ、と初めてシディは慈愛ではなく殺気と怒気のこもった笑みを浮かべた。
私は彼の愛を感じながらも背筋がゾクリと寒くなる。帝国皇帝の彼が本気になれば、王国民全てが虐殺の憂き目にあうかもと一抹の不安を感じたからだ。
そんなことはさせない。いえ、させないためにも私は誰の目にも触れることなく生涯を終える決意をした。
「シディの気持ちは有り難いわ。でも、私は争いの可能性があるなら優雅な皇都での生活よりも何処か辺境の地で穏やかな生活を望みます。聖女の力もあるし、何でもするから、このお願いを聞いてくれないかな?」
「何不自由ない皇宮の生活より辺境の地を望むならそれはそれで構わんぞ?」
シディは、顎に手を置きながらフム、と逡巡した後、再びニッコリと笑った。
「理解してもらえて助かるわ」
私は予想外にもあっさりと受け入れてもらえたことに安どの息を漏らす。それに、帝国の人々だって私みたいな呪物人間を快く迎え入れてくれるはずもない。それなら、誰かに不快感を与え、何より自分が傷つく前にここから立ち去りたかった。
「なら、さっさと皇帝の座は返上し、二人で何処か畑でも耕しながら暮らそうか」
とても冗談とは思えない程の笑顔でシディはそう言った。
「冗談、よね?」
「何がだ? ああ、そうよな。このオレの溢れ出す才能の前ではただの農耕地が城塞都市へと瞬く間に発展しかねぬ事態に陥るは必至。そうなればせっかく返上した皇帝の座も強引に押し返されるか、帝国を超える大国を建国するかもしれぬし……そうなれば穏やかな生活とは程遠くなってしまうな」
普通なら冗談や戯言にしか聞こえないことでも、何故かシディならばそれを確実に有言実行してしまいそうに思え、正直私はほんのちょっとだけ引いてしまった。
「というか、どうしてシディが一緒について来るのが前提なの⁉」
「何を言っているんだ? そんなの君と一緒に暮らしたいからに決まっているだろう?」
さも当然の様にシディはサラッと言ってのける。
私は彼に愛の言葉を囁かれる度に頬に熱を帯びるのを感じつつも今回ばかりは流されるわけにはいかない。冗談でも皇帝の座を捨てるだなんてそれは口にしてはいけないと正直焦ってしまった。
「私なんかの為に皇帝の座を捨てるなんて言わないわよね? 冗談でもそんなことは言ってはダメよ?」
「冗談でもないし、もちろん皇帝の座なんぞ捨てても構わん。そもそも君と一緒になれなければわざわざ皇帝になった意味もないではないか」
思わず何のこと? と呆気に取られてしまった。
「え? それって、私と一緒に暮らす為に皇帝になったって聞こえるんですけれども……?」
「おかしな奴だ。それ以外の意味に聞こえたのか?」
そう言って、シディは首をかしげながら細めた目で私を覗き込んできた。
そんな、まさか。私を愛しているってことだけでもあり得ないのに、私の為に皇帝の座を捨てても構わないのも、そもそも私の為に皇帝になったってどういうことなの⁉
そもそもシディがそういう意味で私を愛していることが理解出来なかった。
私は呪物人間だ。全身のほとんどが呪物で出来ている。この肌も、手足も、その内側に脈打つ臓器さえも、そのほとんどが作り物なのだ。あるのは脳と聖女の証である白銀の髪の毛のみ。だから、嬉しい時も悲しい時も涙を流すことさ
つまり、それが意味すること。
だから、私は尚更、シディの愛を受け入れるわけにはいかないのだ。
その時、私は約束を思い出す。
シディ坊やは私に言った。
「ボクがカルミアお姉ちゃんの勇者様になる!」
と。
その本当の意味も知らず、私はそれから毎朝、シディ坊やから愛の告白たる黒百合の花を枕元から受け取った。
ああ、私は何て罪深い人間なのだろうか?
あの時の私はその意味も知らず、もう一つの約束をただ優しくされて嬉しいと言うだけの理由で受け入れてしまったのだ。
「あ、あのね、シディ……私は……!」
「話はあとだ。さあ、ここが我が皇都クトゥネだ」
私の言葉を打ち切るように、彼は私を外の世界に連れ出した。
荷馬車の外に連れ出された私の目の前に広がっていたのは黒百合の花が舞い散る花の都。
美しい都の光景に私は歓喜に打ち震えた。
こんな美しい都に連れて来てくれてありがとう。
そして、呪物聖女と呼ばれた私を子供の頃のあんなくだらない理由で愛してくれてありがとう。
シディ坊やであった頃の貴方が私が気付かない内に求愛してくれて、その気持ちを未だに捨てないでくれていたことには感謝するよ。
でもね、シディ。一つだけ言わせて欲しい。
どんなに貴方が優しくても、私を愛してくれようとも、結局は私達が結ばれることはないんだ。
あの時の約束の一つに貴方は私の勇者様になってくれるって言った。
でもね、お姫様の勇者様の物語には知られざる続きがあるんだ。
それは……。
お姫様が勇者様を殺してしまうんだよ?
だから、私はシディを私の勇者様には出来ないのだ。
私はもう一つの彼との約束を思いつつ、心の裡でそう呟き魂で泣いた。呪物でしかない私が、幸せを望むことなど許されない。いや、そもそも私には、彼に愛される資格も、幸せになる資格さえもないのだから……。
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ぬいぬい
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