「なるほど。確かに勝てるのであれば、手っ取り早いですね――男の娘の実力がどの程度なのか知りませんから、何とも言えませんけど」
「まあ、優人なら高校出立てのルーキー相手に負けはしないでしょ。てか、負けるようならデビュー戦の話は考えさせてもらわないと」
「へぇ~。このニィちゃん、そんなに強いのかい?」
「まっ、ルーキー三人相手にするくらいなら、問題ないだろ」
え、え~と……、新人の子達と試合……?
って!?
「いやいやいやいやっ! そんな事せんでも、今の話をそのまま説明すればいいでしょうが? 同じ団体なわけだしっ!」
「いずれは話すさ。でも、お前の実力を先に見せて置いた方が、納得させやすいだろう?」
「いや、確かにそうかもしれませんけど! って事は、オレが男だって事を伏せたまま、試合するんですかっ!?」
「当然だ。お前の肩書きは、一応副社長なんだぞ。先に話したら変に萎縮させちまうだろ」
い、いや、そうかもしれんけど……
「ナニ、優人? アンタ生意気にも副社長なの?」
「ああぁ? 生意気にじゃねぇよ。社員が二人しか居ない会社なんだぞ。副社長なんていうのは、一番下っ端って事なんだよ」
自分で言っていて、少し悲しくなってきた……
いや、今はそんな事より――
「佳華先輩、正直試合すんのは、かまわないですけど……女子に相手が男だと知らせないで試合をさせるのは、やっぱマズイですよ」
「そんな事、アイツらは気にしないと思うけど――それに、男女混合の試合なんて、今どき珍しくもないだろ?」
確かに、インディーズな団体なんかでは男子対女子や男女混合のタッグマッチなんて珍しくもないけど、それとこれとでは、話が違うと思うぞ。
「まっ、佐野が気になるって言うなら、最初に確認してみるさ」
そんな軽い感じでいいのか?
「というわけだ。正式な入団手続きは後日するから、みんなも着いて来てくれ。顔合せも兼ねて、ウチのヒヨッコ達を紹介するから」
「は~い」
試合……試合かぁ。試合なんて大学の卒業式のあとでやった、打ち上げ試合以来だ。
楽しみな気もするけど、女装して女子と試合って……
やっぱりテンションは上がんないなぁ。
※※ ※※ ※※
おっ! やってるやってる。
エレベーターで一階に降りてきたオレ達。
佳華先輩達に続き道場へ足を踏み入れると、リングの上には練習用のシンプルなセパレートタイプのトレーニングウェアで筋トレをしている三人が見えた。
ちなみに今、新人達がやっているのはレスラーブリッジ。腕を胸の前で組み、足と首だけでブリッジをし、身体を前後に動かして、特に首周りを鍛える筋トレだ。
ウチの練習メニューだと筋トレは、下から上へ――足、腹筋、背筋、腕、大胸筋、首の順番で行っているので、もう終盤なのだろう。
「どもーっ! ルーキー達の調子はどうですか?」
先頭を歩いていた佳華先輩は、リングから少し離れた場所で練習を見守っていた女性へと声をかけた。
「ああ、社長か? ボチボチだ――とりあえずリングに上げても恥ずかしくないくらいには仕上がっている」
「それは良かった。でも智子さんに社長なんて呼ばれるのは、未だに慣れないッスね……」
「なら早く慣れろ。OG命令だ」
ショートヘアに鋭い目付きのクールビューティー。
チラッとこちらに目を向けてから、佳華先輩へ端的に命令する、レオタードタイプのウェアに団体ロゴの入ったジャージの上着を羽織った妙齢の美女。
|大林智子《おおばやしともこ》さん、三十ン歳。二年前に現役を引退しているけど、佳華先輩の大学と全女時代の先輩であり、オレにとっても大学プロレス部の大先輩である。
ゆえに、さすがの佳華先輩も智子さんには敬語で話しているし、かぐや達も緊張気味で口数が少なくなっている。
元々は全女でコーチをしていたけど、佳華先輩と同じ理由で辞めたらしい。今は先輩後輩の|誼《よし》みで、契約社員扱いのコーチとして来て貰っているのだ。
「オラッ、残り百回! ラストスパートだっ!!」
「「「はいっ!」」」
竹刀で床を叩き、新人達に気合いを入れる智子さん。
「で、なんの用だ?」
「色々とありますけど――とりあえず旗揚げの日が決まったから、その連絡です」
「色々ねぇ……」
智子さんはチラッとオレ達の方を見て、微かに笑みを浮かべた。
「まあ、なんにせよ旗揚げが決まったんなら良かったじゃないか。天下の全日本女子のバカ社長のメンツと◯玉を潰して立ち上げた団体だ。旗揚げは無理なんじゃないかと思っていたよ」
「思い出させないでくださいよ。まだ首筋に『グニャ』って感触が残ってるんッスから……」
オ、オウゥ……ヤッパ潰したんッスね。
「とはいえ、凄いメンツだな――確かにソイツらの人気と実力なら、全女のバカボンに睨まれたって仕事を干される事はないだろう」
プロレスラーにとって――特にフリーの選手にとって一番困るのは、リングから締め出されることだ。
女子プロ界の二大看板の一つである全女の社長に睨まれて根回しでもされたら、どこの団体からもリングに上がれなくなる恐れがある。それが、フリー選手の入団交渉が難航した最大の理由なのだ。
ただそれでも、かぐや達クラスの人気と実力があれば、全女の社長といえどおいそれとは手を出せないだろう。
「とりあえず、もう少しでトレーニングも一段落するから、ルーキーの仕上がり具合でも見学しながら待っててくれ」
「ええ、そうします」
リングサイドへと移動する佳華先輩達。
それでも新人達は、社長と先輩実力派レスラーが見ている事にも気が付かないくらいに集中していた。
「それで、佐野。お前はいつから、そんな可愛らしい趣味に目覚めたんだ?」
その場に残っていたのは、オレと智子さんの二人だけ。移動した佳華先輩達からは少し離れた位置だ、多分みんなには聞こえていないだろう。
「目覚めてませんよ――とゆうか、オレだって分かるんですか?」
「何年この業界に居ると思ってるんだ? 顔がどんなに化けてようと、筋肉の付き方と身体付きで分かるよ」
「そんなもんッスか」
「ああ。まあそれと、少し前に佳華と飲みに行った時『佐野をウチからデビューさせたい』とか言っていたからな。あの時はナンの冗談かと思ったが、まさか本気だったとは」
冗談だったら、どんなに良かったか……
「でも、本格的にデビューする気はありませんよ。話の流れに乗せられて、かぐやと試合をする事になっただけです。その試合に勝てば即引退します」
「なら負けたら続けるのか?」
「まぁ、そういう賭けになってますから。でも負けるつもりはないですよ」
「もったいないな……」
智子さんは、一つため息を吐いた。
「正直、わたしの考えも佳華や栗原と同じように、どんな形であれお前はリングに立つべき人間だと思うぞ」
「こんな格好をしてもですか?」
「ああ。それに似合っているじゃないか、その格好」
嬉しくねぇ……
「ところで佐野――栗原がアメリカ行きを考えていた本当の理由は知ってるか?」
「本当の理由……ですか?」
オレがアイツから聞いた理由は『日本に飽きたから、プロレスの本場アメリカに殴り込み』とか言っていたけど……
「栗原はな、お前の為にアメリカ行きを考えていたんだぞ」
「えっ……?」
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