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しょうがねーな。2026個のいいね来てないけど更新するわい。優しいから😁
夕飯の途中、元貴はほとんど箸をつけなかった。
スープを一口飲んで、また置く。
視線は宙を泳いでいる。
「……元貴?」
若井が声をかけると、元貴は少し遅れて顔を上げた。
「……ん」
その瞬間だった。
元貴が急に立ち上がる。
「♪――――」
大きな声。
張り上げるような、ステージみたいな歌い方。
音程は合っているのに、
どこか必死で、落ち着きがない。
若井が慌てて言う。
「ちょ、元貴!?」
涼ちゃんもキッチンから飛び出してくる。
「どうした!?」
元貴は歌うのをやめない。
むしろ声を大きくする。
「聞こえてるよね!?」
歌いながら、笑う。
「ほら、ちゃんと出てる!」
涼ちゃんが近づく。
「元貴、落ち着け」
「落ち着いてるよ」
元貴は早口で言う。
「だって聞こえるし、歌えるし、
ほら、全然大丈夫じゃん」
でも、その目は落ち着いていなかった。
若井が低い声で言う。
「元貴、一回座ろう」
「やだ」
即答だった。
「止まったら、分かんなくなる」
「何が」
「……どこまで聞こえてるか」
涼ちゃんは元貴の前に立つ。
声を落として、ゆっくり。
「今は試さなくていい」
元貴は笑う。
でも、すぐに表情が変わる。
「じゃあさ」
「もしさ、急に聞こえなくなったらどうすんの?」
二人とも言葉に詰まる。
元貴はその沈黙に、耐えられなかった。
「ほら」
「答えない」
「だから今、出せるうちに出さないと」
「歌っとかないと」
声が震え始める。
涼ちゃんが、そっと肩に手を置く。
「元貴」
元貴はその手を振り払わなかった。
代わりに、力が抜ける。
「……怖い」
さっきよりも、小さい声。
「急に、全部持っていかれそうで」
若井が静かに言う。
「それ、普通の反応だ」
元貴はソファーに座り込む。
さっきまでの勢いが嘘みたいに、ぐったりして。
「……俺、変だよな」
涼ちゃんは首を振る。
「変じゃない」
「追い詰められてるだけ」
元貴は目を閉じる。
「……歌うの、好きなのに」
その一言が、一番つらかった。
涼ちゃんは元貴の横に座る。
距離を詰めすぎないように。
「今日はもう、何もしなくていい」
「声も、曲も、明日以降でいい」
若井も言う。
「今日は“守る日”な」
元貴はしばらく黙っていたが、
やがて小さく頷いた。
不安は消えていない。
でも、暴れなくていい場所には戻ってきた。