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#あべさく
めかぶぷりん
8,223
29
雪月❄️
363
83
意識が浮上する。
自分がしていたことは、全部憶えていた。何を言われたのか、何をされたのか。意思決定を支配されるだけで、意識までが支配されるわけではないようだ。
それはそれできついものがあるな、と阿部はまだ痺れの残る頭で考えていた。
覆い被さるようにルイが異能封じの首輪をつける。鍵の音はしないから、ベルトが通されただけなのだろう。
そして、口元に手を翳されると次第に体の痺れも消えていく。入れるのも抜くのも自由自在ということだ。
「ルイ、あれ先に着けろ。あんまこいつに異能見せんな」
💚「……心外なんだけど。俺、見ただけで何でもできるわけじゃないよ」
「どうだか。ま、封じてりゃ関係ねえけどな」
スッと目に細長い布が当てられて頭の後ろで結ばれた。
なるほど。見えなければ問題がないと思われているらしい。その直後、体と足に巻き付いている鎖が緩んだのが分かった。
「移動だ。歩け」
手を纏めている鎖が少し引かれ、反射的に身を引いて抵抗する。
💚「引っ張らなくても歩くよ。今、何もできないのは分かるでしょ」
「ふーん。嫌なんだ?」
💚「あ……はぁ。もうそれでいいです」
余計なことを言うと、衣吹の趣向に付き合うことになる。なるべくなら、衣吹に対しても情報はあげたくないので、黙って従うことにした。
見えない中で歩いていると、方向感覚はすぐになくなった。そもそも、どこに向かって歩き出したのかさえわからなかったのだから。恐らく、衣吹はわざと部屋の中をグルグル歩き回ってから出ている。最初から、情報を渡す気はないと言われているようでため息が漏れる。
そうして幾度か曲がった時だった。
けたたましい警報音が鳴り響いて、顔を上げる。
「来たか」
💚「……来たって」
何が、というのは愚問だと思った。警報音ということは、近づけたくないものが来たということ。そんなの、今の状況で浮かぶのはSnowManの他のメンバーしかいない。
みんなが、来ている。
「相変わらず正確だけど、思ったよりちょっと速いな。急ぐぞ」
不意に、体が持ち上がったのが分かった。
💚「わ、ちょっ」
「暴れんな。落とすだろ」
💚「見えないんだから、急に持ち上げられたらビックリするよ」
肩に担がれたのだと思う。上半身が不安定で、見えないから少し怖く感じる。その状態で走り出した衣吹。
もうすぐそこまでみんなが来ている。
嬉しさと、不安が混ざり合う。マグマの檻の時のことが久世の仕業だとするなら、久世は、他のメンバーの命を何とも思っていない。それは、檻と魔法陣の構造から分かっていた。ラウールも、鎖が壊れて檻が落ちれば命はなかったと、そう言っていたのだから。
それでも、ここで阿部が投げ出すわけにはいかない。
自らの命を差し出す選択肢など、もうないから。だから、考える。皆が無事に帰れる方法を。自分も、あの場所に帰れる方法を。どんなものを使っても、必ず。
異能封じを付けられていて、電子回廊も電磁気流も使えない。それでも、思考を止める理由にはならない。
見えないけれど、それが床を這う感覚に、阿部は意識を集中させた。
屋敷の外にいる黒服の影のような男―――雨霧が通信機に触れたのは同じ頃。
「久世様。来ました」
『想定内だ。雨霧、予定通りに迎撃しろ』
「承知しました」
遠くに、巨大なカラスの姿を見止める。
広い前庭に佇んだ雨霧は、庭の四隅にある灯台のような形をした照明塔から照らされて出来た自分の影を広げ、一直線に大烏へと向かわせた。
しかし、届く直前で影は方向を変えて戻ってきたことで、目を細める。直後、大烏から無数の鋼の刃が飛んできた。
影を盾のように垂直に伸ばして防ぐ。
その影が石畳に戻ると、目の前には二人の人影。
💜「あの手の奇襲、二回目なんだよねー」
🧡「そうなんべんも同じ手ぇが通用すると思わんといて」
💜「康二、それ、紅歪の時にも言ってたじゃん。気に入ってんの?」
🧡「あ、バレた?」
呑気な言い合いをする深澤と向井の頭上を大烏ふーちゃんが通り過ぎ、雨霧がすぐに影を飛ばすと、それを防ぐように岩の壁が形成された。
🧡「おっと、そっちは行き止まりやで」
💜「ずーっと姿の見えなかった影使い、ようやく捉えたな。阿部ちゃんのこと追い回して川に投げたの、忘れてねえからな」
🧡「同じく。めめに怪我させたんも、忘れんなよ」
「あなた方は通すなとの命令です。その命、ここで捨ててもらいましょう」
🧡「おお、喋った」
💜「そりゃ喋るだろ。でもこれでハッキリしたね。命がけ? 上等だろ。端からこっちは、阿部ちゃん救出に命かけてんだよ!」
瞬時に出現した鋼の羽根が、一斉に雨霧へと向かった。
深澤と向井が降り立ったのを見て、岩本は直前の芙蓉との会話を思い出していた。
「先ず間違いなく、近づくだけで迎撃されるでしょう。待ち構えているのは、《影霞-かげがすみ-》という、影を操る異能を持った雨霧です。一番、久世に忠誠を誓っておりますわ」
💛「雨霧……そいつが、影使い」
「影を操るだけではなく、影で形を作って飛ばすこともできます。弓矢が多いでしょうか」
🤍「阿部ちゃんとめめに飛んできてたあれだね」
「影が繋がると操られてしまいますから、ご注意を」
💜「んじゃあ、雨霧の相手は俺と」
🧡「俺も行くで。ちょっと、言ってやりたいことあるしな」
💛「ふっか、康二、頼む」
💜「ふーちゃんはそのまま同行させて。建物内に入れば、ボーダーコリーなら阿部ちゃんの匂いを追えるから」
💛「平気か?」
💜「もち。あ、俺がオーバーロードしたら、代わりにふーちゃんとバトル、よろしくねー」
💙「ぜってーやだ」
🩷「お前のふーちゃんなんだから、自分でなんとかしろ!」
💜「だよねー」
そんな軽い会話だったが、芙蓉の見立ては正しかったのだと、今、証明された。
屋敷前で降下して床に伏せた大烏ふーちゃんの背から降りると、ふーちゃんの姿がボーダーコリーへと変化する。
「亮平様がいる場所の、大方の見当はついています」
💛「でも、俺らはまだあんたのこと、完全に信用しちゃいねえ。ふーちゃんと道が違ったら即、疑うからな」
「この状況ですものね。心得ておりますわ」
匂いを嗅いでいたふーちゃんが走り出したことで、全員がふーちゃんの後を追って走って行く。
廊下を抜け、扉を潜り、また廊下を走り、道を曲がり、廊下を走る。広い屋敷の中を、ふーちゃんは迷うことなく進んでおり、みんなも黙ってついていく。
そうして、次に扉を抜けるとそこは温室になっていた。月明かりと花のライトに照らし出されたその場所は、幻想的な雰囲気を纏っている。
普段なら綺麗だと足を止めてしまいたくなる光景にも、足は止まらない。
その二人の姿が見えるまでは。
「ここから先には行かせないわよ」
立っているのは、茉奈とルイの二人。
🩷「ホントに、女子高生じゃん……」
「茉奈、ルイ……」
「琴波さん、なんでソイツらと一緒にいるの? 意味わかんない」
「わたくしはわたくしの矜持に従っているだけですわ。亮平様を苦しめる久世のやり方を、肯定することなどできません」
「苦しめるって……アタシらは別に、アイツを傷つけたいわけじゃない!」
💙「あんな鎖で縛って、勝手に連れてって、それでよく言えるな?!」
渡辺の怒声に、茉奈がビクリと身を震わせる。
「アレは、アイツが、逃げないように……」
🩷「その時点で、やってること相当アウトなんだよ。扱いがどうってことじゃない。阿部ちゃんにしてること、ホントに、悪くない?」
「っ。でもだって、アタシらがまともに生きる為には必要で……まとも? まともって、何だっけ……違う、そんなのどうだっていい。アンタらを足止めすればいいんだからっ」
瞬間、数メートル先にいたはずの茉奈が、最前列にいた岩本の眼前に現れ、岩本は咄嗟に身を引いて拳を避けた。
その直後にはふわっと風が吹いて空気が変わったのを感じ取り、宮舘が一気に冷気を溢れさせる。温室全体を覆った冷気に触れた粉が氷晶に変わり、吸い込むことはない。
❤️「うん、これなら対処できそうだ」
💛「佐久間!」
🩷「よしきた!」
地面に降り立った茉奈の手を岩本が掴み、その岩本の肩に触れると、佐久間、岩本、茉奈の体が一瞬にして消え去った。佐久間の粒子転移だ。
🖤「ふーちゃん」
目黒の声に、ボーダーコリーふーちゃんはフェンリルの姿に変わり、その背に、目黒、渡辺、芙蓉の三人が乗ると一気に駆け出した。
腕を動かそうとしたルイの手にワイヤーが巻き付き、足元の地面を氷が覆っていく。
❤️「君に恨みはないけど、その粉でいろんな人が苦しんだ。あの時、ふっかさんも岩本くんも大変だったんだからね」
🤍「ここで時間は稼がせてもらうよ」
ボーっとしたような表情のまま、ルイはただ、ワイヤー銃を持ったラウールと宮舘を見つめていた。
衣吹の肩に担がれたまま運ばれていたのだが、途中でルイがどこかへといなくなった。それでも衣吹の足が止まることはなく、少しすると扉が開かれた。重厚感のある音が鳴る。
中は、夜を思わせるような装飾で統一された、静かな部屋だった。
通常の部屋よりも天井の高い、広い室内は特別室と表すのが適切な、人を迎え入れる為の部屋。その奥の方に置かれている、無機質な装置の方へと衣吹は歩いて行く。
簡易的な椅子の形をしただけのそれに阿部を下ろした直後、装置から伸びた湾曲したプレートが阿部の胸部を腕ごと覆って留め、両足を覆うように膝の下辺りで留められる。
両手首に巻き付いていた鎖が外れて落ちると衣吹に両手首を左右別々に装置に押さえつけられ、軽く肘を曲げた状態で手首もそれぞれ固定される。
目隠しは外されなかった。
💚「ここまでする必要ある?」
「動かれると困るんだよ。あんたには、これから大事な仕事があるからな」
💚「いよいよってわけだ。久世は、俺のアルカナムに登録されてる異能の中で使えそうなもの、もう絞ってあるんだ」
「へぇ。そっちも予想できてるって感じ?」
💚「琴波を消さない方法、ね。その琴波さんが誰で、なんで消えないようにしたいのかは分かんないよ。ただ、命の霊薬も久世の実験なら、治したいものがあるってことでしょ。だったら、想定されるものは幾つかある」
「どんな?」
💚「答えるわけないじゃん。そこまで軽く見られてるわけ?」
「まさか。でもさ、あれだけ教えてほしいね。今なら言えるだろ? あの、高校の時の視聴覚室で何をしたのか」
目隠しで隠れているから視線は分からない。それでも、阿部が眉をピクリと動かしたのを、衣吹は見逃さなかった。
💚「……そういうこと。あの一回で、俺の電脳総命まで手が伸びたんだ。参ったなぁ。うまく隠したつもりだったんだけど」
「隠れてたのは否定しねえよ。ただ、俺の勘が普通じゃないって言ってただけ」
💚「はぁ。どうしてこう、変なところに引っかかるかなぁ。なんか東海林と同じ系統で、すっごいイヤなんだけど」
「誰だよ、ショウジって」
💚「いいよ、気にしないで。まあ、教えるのは構わないかな。どうせもう、電脳総命はバレてるわけだし、それを知ったからって衣吹がどうこうできるわけでもないからね」
「……なんか、すっげー見下された気がする」
💚「してないけど、そんなこと。衣吹はさ、あの時のこと、どこまで憶えてるの?」
「急に光って、女子の声が止まって、あんた以外がみんな倒れてたってことくらい。でも、電子でも電気でも、ただ強く光って倒れるって普通じゃないだろ」
💚「あー、なるほどね。そのくらいの認識だったんだ。うわ、それでここまで掴まれたの、正直やだなぁ」
「そこはオレ、ちょー頑張って調べたから」
💚「頑張る方向性、もっと違うことに使いなよ。まあ、言ってしまえば光自体は電子でも電気でもどっちでも発生させられるんだよ」
「……は? 電子って、光んの?」
💚「俺の異能のこと調べたんなら、ちゃんと知っておいてほしいんだけど。光だって電磁波だから。まあいいや、詳しく説明したって分からないだろうからそこは省く。つまり、発光自体は俺の元々持ってる異能で補ってる。女子生徒の声で窓が震えてることから共振してるのが分かって、その声の性質を瞬間的に学習して、アルカナムに登録された《声振》の異能を使ってあの子の声に俺の声を重ねて、あの子の平衡感覚とか意識を乱したわけ。だから、あの子の異能は止まった。その影響で他の生徒たちも倒れちゃったんだけど」
「つまり?」
💚「ハモってた。俺、元々ハモるの得意だから」
「え……そういうもん? うわ、え、なん、そういう、え?」
💚「理解できないならいいよ、別に。衣吹が教えろって言ったんだから教えただけ。これ以上は説明しないよ」
理解が追い付いていないというのは、見えなくても分かっているのだろう。
分かりやすく動揺している衣吹の姿が、目隠しされていても阿部には見えているのかもしれない。
「いや、なんていうか……思った以上にバケモンだな、あんた」
💚「うわ、そういう言い方、傷つくんだけど。知ってるよ、普通じゃないのも、常識外れなのも」
「……なるほど。素晴らしい能力だ、阿部亮平。だからこそ、君の電脳総命には価値がある」
聞こえてきた久世の声に、阿部は不快感を露にするように眉を顰めた。
💚「いたんだ」
「観察させてもらっていたよ」
💚「ああ、そういうこと。別に聞かれたからって困る話題でもなかったけど」
「出し惜しみはしないと?」
💚「実際、衣吹には見られてるし、俺がどうやって使ってるか、今更隠したところで何になるの? あなたの支配で電脳総命を使う時には、カモフラージュする必要すらないわけだしね」
「やはり、ここまできてもその余裕、恐れ入る」
💚「どうも。リスクを負ってるのは俺だけじゃないし、強い異能を選んだらすぐ飽和暴走する。もう二回やってるから、正直、飽和暴走自体はあんまり怖くないんだよ。俺が飽和暴走したら他の異能が使えなくなる可能性があるのを分かって使わなきゃいけない。そこまでの覚悟、そっちにあればだけど」
「どうやら、主導権はそちらにあると思っているようだ」
💚「そうだよ。俺が使い物にならなくて困るのはあなただ。長年の成果が、一度の選択ミスで水の泡になる」
「なるほど。心配せずとも、そこはもう解決済みだ……フェデレート」
〔了解した、マスター〕
久世の近くの机に立っているのは、深い葡萄色の衣装をまとった、小さな少女の人形。
赤みがかった焦げ茶の長い髪は高い位置でサイドに結われ、ゆるく波打つ毛先が肩から背へ流れている。白い顔は整い、その中で赤い硝子の瞳だけが、猫のような細い縦の瞳孔を宿して妖しく光っていた。
胸元にはフリルと赤いブローチ、上着には金の縁取りと繊細な装飾。黒い短いボトムと編み上げのブーツが全体を引き締めている。
フェデレート。夢幻ノ杜にいた、夏音のお屋敷の人形の一人。
💚「その声、喋り方……まさか、マロウの他にもあの人形が?」
「ほう。察しがいいな。では、何をしようとしているかも理解できるのではないか?」
💚「……っ?! ダメだ、そんなことっ。それでも飽和暴走が起きない確証なんかない!」
初めてだった。阿部が明確に逃れようとするのは。体を捩り、腕を動かそうと捻り、足先が揺れている。頭を振り、どうにか抜けようともがいている。
久世の口元に笑みが浮かんだ。
「君のその行動で十分だ。さあ、フェデレート。阿部亮平に、最大限の祝福を」
フェデレートは差し出された衣吹の手に立ち、衣吹が阿部の目の前までフェデレートを連れて行く。小さな手が、しっかりと阿部の両頬を包み込んだ。温度のない、冷たい手だ。
そのまま、コツンと額と額がくっつく。すると。
💚「っ、ああああっ!!」
苦し気に、阿部から声が漏れる。
異能封じについていた石が割れて弾け、阿部の体から緑色の光が溢れ出す。その光景に、衣吹の目が輝いた。
「すっげー……」
マテリアを目視したのは初めてだった。普段から目に見えるようなものではないから。道具を通さなければ、決して見る事のできないものだったから。
それが、見えている。それも、部屋全体を覆うほどの量。久世の狂気的な笑みも濃くなる。
「やはりな。想定以上だ。直前に自身で最悪の想像をしたことで、フェデレートの想像増大の効果が最大限に発揮されている。聡すぎるというのも考え物だな」
部屋中に溢れた緑のマテリアの光が、阿部の体へと収束していく。それでも体全体が淡い光に包まれ、フェデレートが阿部から離れると、入れ替わるように久世が阿部の前に立つ。
💚「……はぁっ、はぁっ……」
浅い呼吸を繰り返している阿部の額に、人差し指を触れさせる。
「Dominate」
瞬間、阿部は装置に頭を預けたまま、力なく、僅かに頭が傾いた。
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