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……ドイツから帰国して直ぐに、婚姻届を提出した。
二人一緒に住むようになって、改めて彼との結婚を実感する。
クリニックから先に帰って食事の用意をしていると、程なくして帰宅した彼が、「私も、手伝いますよ」と、キッチンに立った。
ワイシャツの袖を手早く捲ると、私は白で彼は黒のお揃いで買ったモノクロのエプロンを着けた。
黒一色のエプロンにネクタイを絞めた姿がスタイリッシュに嵌って、(男の人がエプロンをしているのっていいな…)と、見とれてしまう。
「どうかしましたか?」
「あっ、いえ…その、素敵だなって…」
はにかんで口にすると、彼が掛けているメガネのブリッジを指で押し上げて、唇にふっ…と穏やかな笑みを浮かべた。
「君も、真っ白なエプロンがよく似合っていて、私の妻は美しいなと」
『私の妻』と言われたことに胸の鼓動がドキリと高鳴る。
……私、本当に一臣さんの妻なったんだと思うと、幸福感がひしひしと込み上げるようだった。
たくさんの料理の並ぶ食卓を彼と囲み、会話に花を咲かせる──。
「挙式が済んだら、行きたいところがあると言っていたのを覚えていますか?」
「ええ…」と、頷いて返す。確か以前に、お父様から託されたという鍵を見せられて、『挙式が済んで、君と晴れて一緒になれたら、ここへ共に行ってくれませんか?』と、話されたことを印象的に憶えていた。
「これを、使ってみようかと」
彼がキーケースから取り出した鍵を、2テーブルの上にコトリと置く。
「春になったら、行ってみませんか?」
「はい」と応えて、「でも今じゃなくて、春になってからなんですか?」少し不思議にも思って、そう尋ね返した。
「場所柄、山深いところになるので、冬場は冷え込みますし、春になってからの方がいいでしょうね」
「ああ、そうですよね。冬の山はなめない方がいいとか言いますし」
私の話に、彼がワインを一口含んでクスリと笑いを浮かべる。
「それは登山でのことですね。けれど遭難したら大変なのでやはり春になってからの方がいいかもしれないですね」
クスクスと笑いながら喋る彼に、照れくさくなってきて「…もう」とちょっと口を尖らせるけれど、
「君とこうして話をしながらの食事は、楽しいですね」
楽しげな彼の顔を見ていたら、照れていたことも忘れてなんだか私の方までつられて笑えてくるようだった……。