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第1話
街の喧騒が遠くに響いていた。
ネオンが瞬く夜の繁華街、狭い路地裏を歩く二つの影。先を歩くのは、黒髪の女――舞乃空。後ろを小さな足取りで追いかけるのは、彼女の妹、美月だった。
美月「お姉ちゃん、手……」
小さな声で呟く美月に、舞乃空は立ち止まり、彼女の手を取る。
舞乃空「……離れるなよ」
美月はコクリと頷くと、姉の温もりを頼りに歩き出す。
――彼女らには、帰る家がない。
それが当たり前になってしまっていた。
繁華街の喧騒の中で、彼女らは浮いていた。豪華な店の明かりも、通りすがる人々の笑い声も、彼女らには無縁のもの。
舞乃空は美月の手をしっかりと握りしめながら、細い路地を抜け、人気のない廃ビルの中へと入る。そこが、彼女らの“家”だった。
ボロボロのマットレスと毛布、そしてわずかな食料が置かれた狭い空間。
舞乃空「ほら、美月。ここなら少しはマシだろ?」
美月「うん……」
美月はぎゅっと舞乃空の服の裾を握った。
舞乃空はポケットからパンを取り出し、美月に渡す。
舞乃空「ちゃんと食えよ」
美月「お姉ちゃんは?」
舞乃空「私は後でいい」
美月「……ダメ」
そう言うと、美月はパンを半分にちぎり、舞乃空に差し出した。
美月「一緒に食べよう?」
舞乃空は少し驚いたように彼女を見つめた後、苦笑しながらパンを受け取った。
舞乃空「……仕方ねぇな」
二人は静かにパンを食べた。
その夜、美月は夢を見た。
――赤い部屋。
――誰かの泣き声。
――「売らなければよかった」
美月「……っ!」
ガバッと起き上がる。
汗が背中を伝っていた。
美月「夢……?」
夢の中で聞こえた言葉。
“売らなければよかった”
それが何を意味するのか、美月には分からなかった。
でも、胸の奥がザワザワする。
舞乃空「……どうした?」
低い声が響く。
美月「……ううん。なんでもない」
舞乃空はじっと美月を見つめたが、無理に聞くことはしなかった。
美月は再び毛布にくるまる。
瞼を閉じても、あの言葉が頭の中で繰り返されていた。
――“売らなければよかった”
それは、何を意味しているのだろうか。