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海の紅月くらげさん
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「俺たちがましろせんぱいの引っ越し手伝うんで、おばさんは気にせずゆっくりしていてください」
やけに刺々しい口調の実里くんは、わざとらしく作ったような笑みをお母さんに向ける。お母さんは僅かに頬を染めた後、すぐに顔を逸らした。
「あなたってこういう人達とつき合っていたのね」
それだけ言うとお母さんはリビングに消えていった。
「えっと……」
「荷物は」
和葉が靴を脱ぎ捨て、勝手に階段を上がっていく。
「右側の手前の部屋にまとめてある……」
「わかった」
和葉に続き他の面々も靴を脱いで家に上がってきた。私はこの状況に未だに困惑したままだった。
歩くんが事情を話したにしても、どうしてみんなここに来てくれたんだろう。
「勝手に話してごめんな」
申し訳なさそうに歩くんが眉を下げる。私は首を横に振った。
「ううん、いいの……でもせっかくの休日なのに巻き込んでごめんね」
「ましろん、俺たちに任せて」
そう言って微笑む潤は武蔵先輩と歩くんと一緒に階段を上がっていく。
彼らの後ろ姿をぼんやりと眺めている私の隣に実里くんが立った。そしてこっそりと耳打ちする。
「ねえ、せんぱい」
「え?」
「俺、せんぱいの事情とかなんとなくしかわかってなくて、全然気遣えなくてごめん」
ぎゅっと掴まれたように胸が苦しくなる。
「化学室で俺のこと必死に守ろうとしてくれたでしょ? だから、今度は俺らが ましろせんぱいのために動くよ」
階段を上がる実里くんの背中を見送り、私は閉ざされたリビングのドアを見つめる。
まだ言わないといけないことがある。
ごくりと生唾を飲み、リビングのドアを開けた。
いつものリビングの風景。けれど、そこにはいつも以上に嫌な空気が流れている。刺すような鋭い視線が私に向けられた。
「お母さん」
「本当母親に似るのね。男好きなところもそっくりよ」
やっぱりお母さんは “ママ” のことを知っているんだ。
「よかったじゃない。遊んでくれるような男の子達がいて」
「……お母さん、あの人達は」
「遊ぶは勝手だけど、厄介な問題は起こさないでね」
「やめて。あの人達は友達だよ」
私のことを軽蔑するような眼差しに、言葉に悲しさと怒りを覚える。
どうして友達が来てくれただけでこんなこと言われないといけないんだろう。ママのことだって悪く言わないでよ。
「私のことを見ようとしてこなかったのに、わかったように言わないで」
でも……それでも、何度も家族になりたかった。
愛してもらいたかった。
お父さんにもお母さんにも、愛してもらいたかった。
けれど、やっぱり上手くいかないこともたくさんある。
「準備できたよ」
潤の声に振り返る。いつもよりも少し強い口調だった。
もしかして今のお母さんの言葉聞こえていたかな。
「お母さん」
私は目を合わせたままお母さんと真っすぐに向かい合う。
お母さんの発言は腹立つし、悔しい。なんでわかってくれないのってもどかしくなる。
でも、この人が今日まで私を育ててくれた人。
ご飯を作ってくれて、洗濯をしてくれていた人。
そのことは感謝するべきこと。
だから————
「お世話になりました」
深く深く、頭を下げた。きっともうこの人の顔を見ることはほとんどないんだろう。
「ましろせんぱい、行くよ」
実里くんに手を握られて、急かされるように引っ張られる。
「っ、実里くん!」
「ほら、せんぱい早く」
玄関まで辿りつくと手が離れ、靴を履いてみんなが出ていく。それを慌てて追いかける。いつの間にか私の荷物をみんなが持ってくれていた。
家の外に出ると、鮮やかな青空と真っ白な雲に目が眩みそうになる。
「みんなまさか歩いて運んでくれるの!? 30分くらい歩くよ?」
私の声にみんなが一斉に振り返る。それぞれがとても優しげな表情だった。
「それくらい平気に決まってんだろ」
歩くんが太陽のように明るく笑った。隣にいる和葉の口角も微かに上がっているような気がする。
「お前の荷物くらい俺らが持てる」
「俺らのこともっと頼ってよ」
潤の大きな手に頭を撫でられて、少しくすぐったい。
みんなの優しさに胸の奥がじんわりと温かくなる。
「さぁ行くぞ! 誰がましろんの新居に一番乗りか競争だ!」
「はいはい、一人でしてね。じゃ、これもあげる」
実里くんが自分が持っていた段ボールを武蔵先輩の持っている段ボールの上に重ねる。
「え? 実里、なんだこれは! ま、まさか……これは実里から甘えられているのか!?」
「うんうん、お願いね。武蔵おにーちゃん」
「! 任せておけ!……でも実里はなにを運ぶつもりだ?」
「俺は」
実里くんは再び私の手を握った。
「ましろせんぱいを運ぶから」
「えっ!?」
「照れちゃって可愛いなぁ。せんぱい」
年下とは思えない大人びた微笑み。握られた手のひらから実里くんの熱が伝わってくる。
「……お前、よく平然とそんなこと言えるな」
和葉の少し不機嫌そうな顔。隣にいる歩くんも少し表情が曇っているように見える。
う、浮かれて馬鹿みたいだとか思われちゃったかな。
「ましろん、行こっか」
潤が優しく包み込むように微笑んだ。つられて私も微笑み返した。
「うん」
みんなで新居を目指して歩きだす。
振り返れば、今まで帰る場所だった自分の実家。
もう鍵はない。
これからはあの家ではない場所に帰るんだ。
「大丈夫」
聞こえてきた声にハッとして前を向く。
「俺たちがいるよ」
実里くんの握る手がぎゅっと強くなる。
「せんぱいは一人ぼっちじゃないよ」
「……うん」
寂しいとか、悲しいとか、苦しいとか。伝わらないことへの痛みや後悔とか。色々な気持ちが入り交じって上手く言葉にできない。
こうやって今立っていられるのは実里くん、潤、和葉、歩くん、武蔵先輩。
みんなが来てくれたから。だから、歩いていける。
「みんな、ありがとう」
涙が止めどなく頬を伝う。何度ありがとうって言っても言い足りない。本当に幸せ者だ。
奇妙な関係かもしれないけど、この人達と出会えてよかった。