テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
アパートに暮らし始めて一週間が経った。
家に帰っても誰もいないし、寂しいときもある。家事なんて想像以上に大変だ。
けれど、案外楽しめていた。前みたいに気を張っていなくてもいいし、自由気ままにご飯を食べれる。
今そんなことを考えられるのは、あの日迎えにきてくれた彼らのお陰かもしれない。
「う~ん……」
冷蔵庫の食材と睨めっこをしながら早くも夕飯を何にするか悩み中。
ピーマンとひき肉ともやしがある……ピーマンの肉詰めにしようかなぁ。で、もやしを塩こしょうで炒めれば質素だけれど簡単で美味しいご飯の出来上がりだ。
ポケットに入れていたスマホが振動してる。この長い振動はきっと電話だよね。
「あ!」
ディスプレイには【歩くん】の文字。
もしかして今日のことかな?
そんなことを思いながら【通話】の文字をスライドさせて、スマホを耳に当てた。
「もしもし~? 俺だけど〜!」
――ブチッと、思わず電話を切った。
「あ、しまった……」
聞こえてきた第一声に驚きすぎて無意識に切るを押してしまったのだ。
あれはどう考えたって歩くんじゃない。
「わ!」
再び忙しく振動しはじめるスマホ。またもやディスプレイには【歩くん】の文字。
恐る恐る画面に浮かび上がる【通話】の文字をスライドさせた。
「もしもし……」
「無言できるとは、信じられないやつだな!」
「……なんで武蔵先輩が歩くんの番号からかけてくるんですか」
もう正体はわかりきっている。こんな人は一人しかいない。
「ましろん、これから家庭訪問をするからな。部屋隅々までピッカピカに掃除しておけよ!」
「え……まさか」
引っ越してから初めて潤と歩くんが遊びにくる予定だったけど、武蔵先輩も来るの!?
「俺、石鹸は泡タイプがいいからな!」
「へっ!? あの」
詳しく聞こうとした瞬間、今度は武蔵先輩によって電話が切られてしまった。
家庭訪問!?どういうこと!?
慌ててコップの数は足りるかなどを考えながら、準備をしていく。
数十分後、けたたましくインターフォンが何度も鳴り響いた。
「まぁしろーん!」
武蔵先輩の近所迷惑な声のボリュームに慌てて扉を開けると、五人の少年達がキラキラのエフェクトを纏いながら立っていた。
「まーしろせんぱいっ」
実里くんがにっこりと微笑み、すり寄るように抱きついてくる。
「会いたかったー! 私服のましろせんぱいもいいなー」
「ちょ、なんで抱きついてくるの!」
今日の実里くんは藍色の薄手のシャツを着ていて、制服姿よりも格段に大人っぽい。なんとなくだけれど、半袖とかは避けているのかなって思う。
学校でも実里くんが半袖なのは見たことがない。理由があるとしたらきっと、消えない過去のことなんだろうな。
「実里」
恐らく真っ赤になっているだろう私から潤が実里くんを引き剥がす。
「そういうこと強引にするのはやめな」
潤は本当に紳士だ。引き剥がす力も強くなくて、包み込むようにして守ってくれる。
「はいはい。せんぱい、今度は二人っきりで会おうね」
「み、実里くん!」
実里は危険だ……!最近は特に危ない感じがする!
「ましろ」
実里くんの後ろからひょっこり顔をだす歩くん。今日も愛らしい笑顔だなぁ。
「たこやきパーティーしよう!」
「たこやき?」
歩くんが手に持っていたスーパーの袋を持ち上げて見せる。どうやらみんなで食材を買ってきてくれたみたいだ。でも、肝心なものを私は持っていない。
「あのね、たこやき器持ってなくて……」
「潤が持ってきた」
和葉に視線を向けると、扉に気怠そうに寄りかかり相変わらずの不機嫌そうな面持ち。
「んなことより暑い」
「あ、ごめん! みんな狭いけど入って!」
五人を部屋の中に促して玄関の扉を閉じると蝉の鳴き声が一気に遠退いた。
なんだか賑やかな一日になりそうだ。
丸い小さな机を六人で囲み、人生初の賑やかなたこやきパーティーが始まった。
***
「……」
今、私は自分の目を疑っている。
たこやき器に生地を流し込んでいく潤。そして、その隣にはたこをいれていく歩くん。ここまでは普通だ。
「あの……」
「よーし、次はこいつだぁああ」
「ちょ、そんなに詰めてどうするんですか!」
歩くんの隣に座っている武蔵先輩が紅ショウガを大量に詰めているのだ。たこなんて比じゃないくらいの量を。
もうこんなのたこやきじゃない。紅ショウガやきだ。
「武蔵先輩、そんなに紅ショウガを一気に食べたら体に悪いです!」
「お前、紅ショウガを侮辱したな!」
キッと私を横目で睨む武蔵先輩。よほど紅ショウガが大好きなようで、紅ショウガを三袋も買ってきていた。
「俺、辛いの嫌だからな!」
「歩ちゃんの味覚はおこちゃまだもんねぇ」
紅ショウガを嫌そうに見つめる歩くんに実里くんがからかうように薄ら笑いで言った。
実里くんってば、本当わざと歩くんの地雷踏むんだから……
「べっつに紅ショウガくらい食えるし! なめんなっ!」
「ふうん、じゃー食べればー?」
「こら、二人とも喧嘩しない」
今にも喧嘩が始まりそうな歩くんと実里くんの間に潤が割って入った。そのお陰で二人は不満そうにしながらも会話を中断したのでほっと胸を撫で下ろす。
「武蔵も、あんまり自分の好きなものばっかりいれたらダメだよ」
「おい、武蔵。紅ショウガばっかり食ってたら、紅ショウガになるぞ」
……和葉は何を言っているんだろう。多分寝ぼけてる。
大きな欠伸を漏らすと気怠そうに自分の膝の上に頬杖をついた。あれから一時間も寝たのにまだ眠いらしい。
武蔵先輩はお構いなしで、紅ショウガ単体で嬉しそうに食べている。……私も勧められたけれど、丁重にお断りをした。
たこやきは潤と和葉によってひっくり返されていく。こんがりとキツネ色に焼けていて、香ばしい匂いが漂ってくる。すっごく美味しそう。
あ、でも……紅ショウガたっぷりのだけはとらないようにしよう。
「潤、もう食いたい」
「わ、和葉まだダメだって。反対側は焼けてないよ」
潤が止めるのを無視して和葉がお皿にとりはじめる。すると、それに気づいた武蔵先輩がお箸にたくさんたこやきを刺し始めた。
「え……武蔵先輩、何やってるんですか」
「たこやき合戦じゃー!」
「意味わからないです!」
武蔵先輩は止めても無駄で、慌てて歩くんと実里くんが自分の分を守るようにお皿にとりはじめる。
「俺のには触らないでよね、馬鹿」
「おい! 武蔵、ソースこっち向けんじゃねーよ!」
まだ早いって潤が言ってたのに……本当マイペースというか落ち着きのない人達ばっかりだ。
ふと、潤と目が合った。
少し困ったように潤が微笑む。でも、どこか楽しげで相変わらずの優しい表情。私もつられて笑ってしまう。
ま、いっか。こうなったら私もたこやき合戦だ!
初めて自分たちで作って食べたたこやきは表面が片面だけカリカリで、もう片面はふにゃふにゃだった。
それでも、すごく美味しくて。
そして、驚くくらい熱くって。
少し舌を火傷した。
「……うわ、からい」
武蔵先輩特製の 紅ショウガ焼きは紅ショウガの味しかしなかった。