テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「そういや、あんた名前は?」
「な、名前……名前……」
おばあさんの家に住まわせて貰うことになり、兎に角無駄に長い髪の毛を切ろうと言うことで三面鏡の前に座らされ、後ろからそんなことを聞かれた。確かに名前がないというか、元のエトワールという名前も名乗れないし、かといって巡とも名乗っても……と、私はどう答えるべきか分からなかった。もうここは、記憶喪失を偽って、名前を考えて貰おうとも思ってしまった。それが手っ取り早い。
私は首を横に振った。
「そうかい。じゃあ、どうする?名前がないと不便だろう」
「そ、そうですよねえ……あの、もし良かったら、おばあさんがつけてくれる……とかは?」
「私かい?そんな私があ……ああ、でもあんたにぴったりな名前があるよ」
と、以外にも早くおばあさんは顔を明るくさせた。チョキチョキと私の髪の毛を切りながら、歌を歌うように言う。
「ステラ」
「ステラ?」
「あんたの髪の毛が星みたいに綺麗で輝いているから。ステラ。星って言う意味なんだ。まあね、あの聖女様と同じ髪色で綺麗だからってのもあるけど」
「ステラ……」
『エトワール様ですね。名前の通り、星のように美しく輝いています』
アメジストの瞳の彼が言った。私の機嫌を取るためだったか、本心だったか。でも、凄く嬉しかった。自分の名前じゃないのに、自分の名前だって肯定されたような気がして。
(ステラ……ステラね……)
エトワールと意味が一緒という所にあまりいい思いはしなかったが、素直に誉めてくれているものと捉えて、私はコクリと首を縦に振った。
「凄く嬉しいです。その名前、綺麗で……私の髪色誉めて下さってありがとうございます」
私はそう笑顔で返す。おばあさんも嬉しそうににこりと笑って、私の髪を撫でた。確かに、エトワールと似たような髪色をしているのだ。違うのは、ストレートヘアというところだけだろうか。エトワールはもっとふわふわしていて、四方八方に跳ねていたから。
(気にくわないなあ……)
生き写しじゃないけれど、それでも、彼女を思い出すこの髪が嫌で、私はおばあさんにばっさり切ってくれるよう頼んだ。おばあさんは勿体ないのに、といいながら、私の髪を切ってミディアムヘアにしてくれた。動きやすくてとてもいい。
それから、おばあさんの名前と、おばあさんの夫であるおじいさんの名前を聞いた。おばあさんは、モアンという名前で、おじいさんはシラソルという名前だと。モアンさんは、私に昔着ていたという服をかしてくれて、オレンジの耳飾りもくれた。ピアスじゃなくてイヤリング。一気に村娘感が出たなあ、と私は感心していた。目立っても困るし、これくらいがちょうどいいと。
(というか、グランツって下の名前なのっていたけど、実際、平民で苗字まで持っている人なんて相当いないんじゃ無い?)
ラジエルダ王国が占領されてしまったからか、それを忘れないためか。理由は分からないけれど、平民と言いながらちゃっかり、ラジエルダ王国、王族の名前を彼は使っていたんだなと、それに周りは気づいていなかったんだなとか色々思った。まあ、気づかないのも、ラジエルダ王国に関する記憶が消されてしまっていたというのもあったからか。モアンさんと、シラソルさんは苗字を持たないわけだし……
私は、モアンさんから貰ったオレンジのイヤリングを弄った。そっくりに作られていて、イヤリングの真ん中には、宝石のようなものが埋め込まれている。こんなものを貸して貰っていいのだろうかと、私は壊しそうでハラハラしていた。
(兎に角、名前とか、居場所も確保できたし、後は情報収集かな……)
完全に自分のために利用しているという自覚があって、罪悪感に押しつぶされそうになったけれど、それでも前を向いていくしかないと自分をたたいた。記憶が戻って、世界が元通りになったら、この関係もなくなってしまうだろうから。
(というか、接点ないのに、どうやって接点作れば!?)
「あ、あの、モアンさん」
「なんだい、ステラ。」
モアンさんはニコニコと答えてくれる。目の横に寄った皺がチャーミングなおばあさんであるモアンさんは、いつでも笑顔で眩しい。こんな優しい人だからこそ、私も、出自も分からないグランツも拾ってくれたんだろう。シラソルさんもモアンさん曰く優しい人だと。
その笑顔を見るたびチクチクしつつも、私は接点のあるグランツについて聞いてみようと思った。どうにかして、一人の攻略キャラから辿っていかないと、皆にたどり着けない。
(問題は、リースだけど……)
皇太子にあう機会なんて滅多にないだろう。前の世界では、私が聖女、そして、リースの中身が遥輝だったから頻繁に会えていたけれど、接点もない、平民の私が皇太子に会える機会なんてそもそもない。メイドになったとしても、精々、他の貴族の所で働くくらいしか出来ないだろう。どうすれば近づけるのか。やっぱり、誰かを辿っていくしかないと。
(今度は、攻略が逆になりそう?)
それでも、グランツを始めに選んだのは、接点があったからだし、彼ならどうにか……と思ってしまうところもあった。まあ、それでもグランツも私のことを忘れているだろうし、警戒心の強い人だったから簡単に内側に入り込むことは出来ないと思う。
「ええと、その、グランツさんってやっぱり戻ってこないんですかね」
「うーんどうだったかねえ。一ヶ月に一回は戻ってきたいと言っていたんだけど。どうしてだい?」
「うーあーええっと、あいたいなあと思って。その、モアンさんの息子さんだっていうので、顔あわせておきたいじゃないですか!今後のためにも!」
誤魔化し方が下手くそという自信はあったが、何とか取り繕ってそう言った。モアンさんは首を傾げて不思議そうにしている。あからさますぎたかなあ、何て笑って誤魔化していれば、モアンさんはそうだねえ、と言ってくれた。
「でも、最近グランツ喋らなくなったからねえ。まあ、はじめから良く喋る子じゃなかったけど」
「そうだよね……」
「ん?」
「いいえ、何にも!」
危ない、声に出ていたかと、私は口を閉じた。
そりゃ、全く接点もない人間がグランツの事を聞いたら怪しまれるに決まっていると、私は心の中で自分を殴り飛ばした。慌てず慎重にいかないとどうなるか分からない。会いたい気持ちは勿論あるけれど、簡単に会えるわけじゃないんだから。
モアンさん達に対しても、私と同じような態度なのか、とほっとしている自分もいて、グランツという人間が如何に無口で、心を開いても口数が増えない人間なのか分かった瞬間だった。話すのが苦手なのか、そもそも話したくないというか、自分のいいたいことがまとまらないタイプなのか。それでも、じっと見つめてきて、何か言いたげにしているところを見ると、言いたいことはあるらしい。それを内に秘めているタイプなのだろう。
「ああ、でも最近魘されていたよ」
「魘されて……夢、ですか?」
モアンさんの顔が少し暗くなった。
魘されていた、ということは夢を見てと言うことだろうか。その夢は、ラジエルダ王国が滅ぼされたときの夢、それともアルベドに母親を殺されたときの夢?
さすがに夢の内容まではモアンさんは把握していないだろう。グランツがそれを話しているとも思えないし。サラッと流そうとしたが、モアンさんはそう、夢だよ。と譫言のように言った。
「何でも、夢の中で自分の名前を呼ばれるんだって」
「自分の名前?」
「詳しくは聞いていないんだけどね。何度も何度も名前を呼ばれて手招きされる。でも、同じ声でその人とは違う人が名前を呼ぶんだって。その声は心地よくてずっと聞いていたいのに、暗闇からするもう一つの声に掻き消されるんだってさ」
「こ、怖いですね……」
「そして、優しく自分の名前を呼んでいた人が誰だか思い出せないけど、処刑される瞬間が流れるって。顔も分かんないのにねってさあ。起きたら泣いているんだって。ああ、これは本人から聞いたわけじゃなくて、目の横に線がいっていたからね、私が勝手にそう思っただけなんだけどね。兎に角、悪夢に魘されていたんだよ」
「……」
モアンさんは、今は見ていないといいんだけどね、といっていたが、私はその後彼女の声が遠くにいるようで聞えなかった。
(その夢ってまさか、私が処刑されるときの?)
記憶の逆流。歪んだ世界。だからこそ、前の世界の記憶が流れ込んできているのかも知れないと、それに魘されていると。グランツを呼ぶもう一つの声というのは、あのエトワール・ヴィアラッテアで間違いないだろう。
夢にまで出てきて、グランツを苦しめて。
私はギリッと奥歯をならした。許せない……
私は、乾いた笑みを貼り付けて、モアンさんの方を見た。心配しているような声色をつくって、怒りを隠して口にする。
「そうですよね。グランツさん……悪夢、見ていないといいですね」
私はその悪夢の元凶を知っている。私はその悪夢を……前の記憶で殺されたんだから。それを、グランツは覚えている。心の奥で。
少しの希望と、悪夢からの解放……やることが明確に見えてきた気がした。