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第8話.揺れる心、試合の日
「春竜ちゃん」
二人から同時に呼ばれたその瞬間、春竜の頭は真っ白になった。
及川先輩のまっすぐな瞳も、
国見ちゃんの揺るぎない声も、
どちらも胸に突き刺さる。
答えなければ――そう思うのに、声が出ない。
何を言えばいいのかわからない。
沈黙の中で、春竜は震える声を絞り出した。
「……ごめんなさい。いまは、答えられません」
言った瞬間、胸が締めつけられるように痛んだ。
及川先輩は苦笑いを浮かべて肩をすくめ、国見ちゃんは視線を落として何も言わなかった。
それから数日。
二人は表面上、いつも通りに振る舞っている。
でも春竜にはわかる。練習中の視線や会話の隙間に、隠しきれない感情が滲んでいることを。
そして――ついに迎えた、県大会の初戦の日。
体育館には熱気と歓声が溢れ、選手たちはウォーミングアップで汗を流している。
マネージャーとして動き回りながらも、春竜の心臓は落ち着かなかった。
(……どちらも、大切。どちらも見ていたい。
だけど、きっとこの試合で……気づいてしまう気がする)
コートに立つ及川先輩と国見ちゃん。
二人の背中を見つめながら、春竜の胸は苦しいほどに高鳴っていた。