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チンピラ騒動から数時間後、【シード機関】の個人演習室に俺達はいた。
クラスメイトたちのおかげもあって、何事もなく俺と星咲はライブの準備に全力を注ぐことができていた。
四日後にライブが控えた今、やっぱり時間は無駄にできないのだ。
俺は自然かつ輝かしい微笑みを浮かべ、渾身のカワボを作って叫ぶ。
「キラッとプリティー!」
ダサいし、死にたい!
表情とは裏腹に俺の内心は悶絶死寸前だ。
しかしそんな愚痴も弱音も吐いてる間などない。ハイテンポな手拍子に合わせ全力で身体を動かす。
ヒップをクンッと持ちあげて、ヒラッとスカートをはためかせる。
腰をクイッと揺らして、右足、左足を順に前へ、最後は前方を指差して笑顔を炸裂ウィンク決めキラッ!
「みんなでキラッと、ラブシャイニー☆」
うおおおおおおおお。
恥ずかし過ぎるぅぅうう。
こうして羞恥と戦いながら、体力と心がゴリゴリ削られるハードレッスンは終了した。
「うんうん、きらちゃんもなかなか様になってきたね。でも、まだまだ表情が甘いかなぁ」
「こればっかりはどうしてもな……もっと慣れが必要だ」
星咲からのダメ出しに、俺は渋々と頷く。
「でもでも、ダンスの要所に【魔法力】を使ってダイナミックな動きを見せつける技術は進歩したね」
「お前の教え方がいいからな」
【シード機関】による規定のダンスレッスンが終わった後、いつも星咲にダンスの練習を付き合ってもらっている。もちろん【銀白昼夢】で幼女姿になっているわけだが……徐々に体内にある【魔法力】の量が減ってきているのが実感できた。
【銀白昼夢】を使う度に、『アレ? なんだか少なくなった?』と思う。やはり星咲の言う通り、生きているだけで体内の【魔法力】は失われていっているようだ。
「きらちゃん、レッスン終わりはこれをしようね?」
星咲が汗ふきシートとスプレー、清涼用ジェルやパウダーシャンプーをバッグからごそごそと取り出してくる。
「いや、いいから星咲」
「だめ……」
断る俺に星咲がずいっと迫って、俺の右腕を掴んだ。
「ほら脇、あげて?」
「じ、自分でできるから!」
必要以上に星咲の綺麗な顔が接近し、奴のサラサラとした毛先が俺の頬に触れる。彼女の澄んだ瞳に吸い寄せられそうになってしまった俺は、数瞬の隙を生んでしまう。そんな絶好のタイミングを変態星咲が見逃すはずもなく、俺の無防備な脇はさらされてしまった。
「腕上げて、脇見せて。しゅーっとね」
「ほわっ」
ひんやりとした冷気が俺の脇を直撃。フローラルな薫りが鼻孔をくすぐると同時に、羞恥心もくすぐられてしまう。
「アイドルたるもの、どんな時も清潔にね」
「じ、自分でやりますから!」
「ボクの王子さまは恥ずかしがり屋さんだね」
王子さまって……。
実はイキり勢の一件以来から、星咲はやたら俺のことを『王子さま』とか言ってからかってくるのだ。
「もうやめてくれ星咲。お前にやられるなら、自分でやる!」
星咲からスプレーを奪取し床へと置く。
これ以上、星咲にからかわれまいと、俺は奴に習った通りの順で汗の処理を行ってゆく。
まずは汗ふきシートで首周りや耳の裏、脇やおへそ、足など、たくさん汗のかいた部分をサラッと拭いていく。
俺は化粧をしていないので、次にフェイス用のシートでおでこや鼻、目の下部分などを重点的にふきふき。
その後は、ジェルをほんの少し手になじませ、脇と膝裏に塗っておく。
スプレーは時間に余裕がないときしか使っちゃダメと言われているので、スプレーは使わない。
一度、手を洗ってから完全にジェルを落とし、タオルで水分をふき取る。
最後はパウダーシャンプーを手にぱさぱさと微量だけ落とす。そして両手でくしゅくしゅしてから、髪の毛もくしゅくしゅ。
ちょっと汗でベタついていた髪の毛が、みるみるとサラサラになっていく。
「ふふ、従順な王子さまも素敵だよ?」
星咲の教えた通りの方法で綺麗になっていく俺を、またもからかってくる。
おれはそんな星咲にジト目を送り、きっぱり正論で論破しようとする。
「ア……アホなことを言うのはやめろって。地味男な俺が王子とか笑えるし、痛いだけだ。言ってるお前も相当メルヘンな頭してるって周囲に思われるぞ」
「ほんとに、ボクの……」
ウンザリとした俺の態度に、星咲が一瞬だけシュンと縮まってしまう。
俺はそれを見て見ぬふりで、帰りの支度に入る。これ以上相手をするのは面倒だったのだ。
「ほんとに、わたしの王子さまって思ってるのに……」
ポソッと、バカみたいなことを呟く星咲。
俺は聞こえないフリをする。
なぜなら、ありえないことに……。
俺の心拍数がほんの少しだけ早くなってしまったから。
◇
「あんた、最近おかしいわよ?」
学校、星咲レッスン、【シード機関】、星咲レッスンのルーチンワークを終え、くたくたになって帰ってきた俺を母さんが玄関で待ち構えていた。
「おかしいって何が。俺疲れてるから早く飯食って、風呂入って寝たいんだけど」
「その前にこっちに来なさい。少し話があるから」
母さんは有無を言わさぬ勢いで、俺をダイニングの椅子に座らせる。
対面に腰を落ち着けた母さんは深い溜息をついた。
「母さんはね、あんたを不良に育てた覚えはありません」
「いまどき不良って……」
「口応えしないの。父さんがいなくなって男はうちじゃあんた一人なんだから。そんなあんたに非行には走ってほしくないの」
「父さん、関係ある?」
「とにかく、あんたが心配なのよ吉良。毎日毎日帰りは遅いし、おまけに疲れ切った顔してご飯食べて、ベッドに倒れ込むようにして寝る。夢来もお兄ちゃんが変って心配してるのよ」
妹に心配をかけてしまうとは……兄として配慮不足だったか。
すこし必死になりすぎたかもしれない。
「それは、悪かったよ」
「それで何を隠してるの? 素直に言いなさい」
「いや……べ、べつに……」
アイドル活動をすることは、いずれ言うことになる。事務所からもデビューが決まれば家族に通達がいくはずだ。
だけど、クラスメイトの大志の死を見て……アンチとの戦いをこの目で見てから、家族にアイドルになると言い辛かった。
何か得体の知れない、大きな流れに巻き込んでしまうのでないかと不安が募るのだ。
「はぁ……まぁ年頃だしね。夢中になるのもわかるけど、毎晩帰りが遅いのはいただけないわ」
言い淀む俺に、母さんは呆れたように笑う。
「うん?」
「紹介しなさいよ。まっさかアンタみたいな、ずぼらで無神経な息子にできるなんてね~」
「いや、誰を!? なにができたって?」
「彼女に決まってるでしょうに」
「は?」
母さんの口から飛び出た言葉が予想の斜め上すぎて、ポカンとしてしまう。
「お付き合いしてる女の子がいるんでしょ?」
「いやいや、そんなのいないぞ。どっからそんな情報が……」
「隠したって無駄よ。まったく……あんたみたいのは学校が終わってどこかに寄ったら、汗臭いに決まってるでしょ。なのに最近はそんなシャンプーみたいないい匂いさせて、その子の影響でしょ」
「いや、これは違くて……清潔感がどうのってうるさいやつが……いて」
「それがあんたの彼女でしょうに。まったく、あんたみたいのに付き合う子の苦労が見えるわ。とにかく、一度うちに来させなさい」
「いや、ほんとに違うから」
「じゃあ、こんな時間まで誰といたの? あんたがいつも一緒に遊んでるっていう優一くんは家にいたわよ。夢来が確認したって」
「……まじかよ」
「母さんは、あんたが夜遅くまで彼女といちゃつこうが構わないの。でも、毎回疲れた顔して帰ってくるから、ちょっと心配なのよ」
だからせめて、どんな子が紹介しなさいと……。
「彼女ではないから。先輩というか、友達というか……」
「はいはい」
完全に俺の言葉を信じてなさそうな母さん。
どうしたものか……いや、これはいい機会かもしれない。アイドル活動をするってカミングアウトする際に、先輩、お手本となる人物が星咲だと紹介すれば申し分ないはず。
彼女云々の誤解はその時に解けばいいとして……帰りが遅くなっているのは、全国八位のトップアイドルである彼女にレッスンを頼んでいるからと言えば、母さんも納得せざるを得ない。
星咲のアイドルに傾ける純粋な情熱や、説明を聞けば……母さんたちはアイドルが実はヤバい集団と戦っている、なんて想像もできないだろうし、変に疑ってくることもないだろう。
星咲の実績と知名度が、【銀白昼夢】という俺の特殊な力についても、家族をスムーズに信じさせるのに一役買ってくれそうだ。
あいつも元は男なのだから。
「ビックリするかもだけど、いい?」
俺が確認すれば、母は豪快に頷く。
「あんたに彼女ができた時点でこっちはビックリものよ」
……本当にいいのだろうか?
日頃から『ずぼらだ』『気が効かない』『甲斐性なし』と俺のことを軽くディスってくる母さん。
『彼女なんかできっこない』『女っ気ゼロ』とのたまっていた母さんに、トップアイドルの星咲を俺なんかを紹介して大丈夫なんだろうか?
間違いなく……ビックリして腰を抜かしかねないだろうな。