テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
見送り
最近鬼殺隊に入ったという、弓使いの女の子。
“つばさ”と名乗る彼女は、俺たちが今生きている大正時代からおよそ100年後の世界から来たらしい。
俺は鼻が利くから、嘘をついている人は匂いで分かる。
“つばさ”が伊黒さんに連れてこられて蝶屋敷で療養していた頃。しのぶさんに頼まれて、“つばさ”の言うことが本当なのか確かめることになった。
初めて会った時の彼女は、カナヲと同じくらいの背丈で、筋肉質とは程遠い、華奢な身体を療養着に包まれていた。
軽く挨拶をして、会話をしながら“つばさ”に悟られないよう匂いを判別する。
……この子、嘘をついていない。
正直な、清らかな匂いだ。
ということは本当に100年後から来たのか。
弓道の試合中、気がつくと右も左も分からない場所にいて鬼に襲われて……。怖かっただろうな。
後からこっそりしのぶさんに“つばさ”が嘘をついていないことを報告した。
しのぶさんも本当は疑いたくなかったみたいだけれど、得体の知れない相手を置いておくわけにもいかないので俺に相談してくれたらしい。そして俺の報告を聞いて安心したように笑顔を浮かべていた。
その数日後、つばさは柱合会議に連れて行かれ、お館様や柱の前で弓を引き、実力を認められて鬼殺隊への入隊が許された。
そして、後ろの高い位置に結ばれた髪には、しのぶさんやカナヲやアオイさんたちが着けているような、蝶の形の髪飾りが……。
よかった。つばさ、蝶屋敷の一員になったんだな。
歳が近いこともあって、俺たちはつばさとあっという間に仲良くなった。
禰豆子のことも可愛がってくれるし、禰豆子もつばさが大好きみたいだ。
つばさは剣や弓の稽古の合間、蝶屋敷の手伝いをして過ごしている。
特に食事の仕度の面でとても活躍していた。
100年後の世界からやって来たということもあって、俺たちが知らない料理をたくさん知っていた彼女。
両親が共働きで、4人姉弟の長女であるつばさは、普段から家族のごはんの仕度をしていたらしい。
手際もよくて、衛生管理もしっかりできていて、彼女の作る料理は本当に美味しかった。
アオイさんや、すみちゃん、きよちゃん、なほちゃんも目を輝かせて、つばさの作る見たことない料理の名前や工程をメモしていた。
アオイさんの作る天ぷらが大好物の伊之助も、つばさが教えてくれた“海老フライ”を大層気に入り、それを作るつばさのことも気に入ったみたいだ。
そんなつばさも、他の隊士と同じように最終選別を受けるという話を耳にした。
自分が受けた時のことを思い返すと、あんな危険な場所に彼女が赴くのが心配で堪らない。
手鬼は俺が斬って倒したけれど、また強い鬼があの場所に生け捕りにされているかもしれないし……。
色んな人に剣の稽古をつけてもらっていたつばさ。
俺も手合わせをしたことがある。
まだ力は弱いものの、先入観を持たない状態で剣を始めただけあり、無駄な動きが一切なくて、綺麗な型だった。
何の呼吸を使うかは、これから修行する中で自分に合うものを探していくらしい。
今日も楽しそうに食事の仕度を手伝うつばさ。
顔にはところどころ青痣ができて痛々しい。
最終選別…どうか生きて帰ってきてほしい。
そしてまた美味しいごはんを作ってほしい。
つばさと話したいこと、たくさんあるんだ。
みんな、つばさのことが大好きなんだ。
俺だって、そうだよ。
ついにこの日が来てしまった。
つばさが最終選別を受ける日。
任務がなかったので、俺と禰豆子も見送りに蝶屋敷へ来た。
「…椿彩。あなたならきっと大丈夫。必ず生きて帰ってきてくださいね」
『はい!しのぶさん、ありがとうございます』
「つばさ…みんな待ってるから、絶対無事に帰ってきてね」
『カナヲちゃん、ありがとう。……ほらアオイちゃん、もう泣かないで。なほちゃん、きよちゃん…すみちゃんも』
「うぅっ…だって…だって……!」
蝶屋敷のみんなからの見送りを受けるつばさ。
いつも笑顔のしのぶさんからも、心配で堪らない匂いがする。
『あ、炭治郎。来てくれたんだ』
「うん。任務が入ってなかったから。禰豆子は日に当たれないから箱の中に入ってるよ」
『そっか、ありがとう。禰豆子ちゃんも、ありがとうね』
にっこり笑って、折れの背中の箱を軽くノックするつばさ。明るく振る舞っているけれど、緊張や不安といった匂いがする。
「これ、お守りに。…俺が最終選別を受ける時に、育手の鱗滝左近次さんがつくってくれたんだ」
厄除の面を差し出す。
俺が最終選別に臨んだ時に割れてしまった欠片を集めて接着剤で留めたから、つぎはぎだらけだけど。
それを驚いた表情で受け取るつばさ。
『ありがとう。…これ、冨岡さんも同じようなのを持たせてくれたの』
「え!?冨岡さんが?」
『うん。お守りに持っていけって』
懐から、俺のと似た狐の面を取り出す。
「あらあら、冨岡さんがそんなことを。珍しいですね」
しのぶさんがクスクス笑っている。
「それじゃあ、私も“お守り”を持たせますね。…はい、これ」
「師範…それって……」
「ええ。私の姉の髪飾りです。ひとつはカナヲが髪に着けていますね。そのもう片方です。椿彩、これと一緒に無事に帰ってきてください。約束ですよ」
伊之助にするみたいに“指切りげんまん”はしないけれど、その代わりにぎゅっとつばさを抱き締めるしのぶさん。
『はい…!きっと最終選別を突破してここに帰ってきます!』
つばさは目を潤ませて、しのぶさんや蝶屋敷のみんなと抱擁を交わしていた。
最後に俺もつばさを抱き締める。
どうか無事で……。
神様、どうかつばさを守ってください。
そう強く祈りながら、俺たちは最終選別へと出発したつばさを見送った。
つづく
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!