ホラーです!
水青
――夜が深くなるたびに、あの顔が思い浮かんだ。
静かに笑うほとけ。
俺の仲間を一人ずつ奪っていった、あの男の顔。
りうらも、初兎も、悠佑も、ないこも……もう誰も帰ってこなかった。
連絡が取れなくなった日、最後に訪れていた場所は同じ。
ほとけの家やった。
俺は、その家の前に立っていた。
心臓がばくばく鳴る。手の中のスマホは冷たく湿って、汗が指に張り付く。
「これで最後や……」
自分に言い聞かせて、門を押し開ける。
軋む金属音がやけに大きく響いた。
その音と同時に、玄関が内側から開いた。
「いふくん?」
そこに立っていたのは、やっぱりほとけやった。柔らかい声。
――やっぱり笑ってる。
「遅い時間にごめんな、ちょっと話があって……」
俺は声を押し殺して言った。
「もちろん。上がって」
ほとけは何も疑わず、俺を招き入れる。
玄関をくぐった瞬間、妙な匂いが鼻を刺した。蝋のような、古い木のような、甘ったるい匂い。
俺は靴を脱ぎながら、背中にじっとり汗を感じていた。
ほとけの家の中は、異様なまでに静かやった。
木の廊下、古びた障子、飾られた骨董品。
どこか寺の奥の部屋に迷い込んだみたいで、時間の流れが狂ってるように感じる。
「こっちだよ」
ほとけは先に立って歩いていく。
その背中を見ながら、俺は心の中で計画を繰り返した。
――仲間を見つける。証拠を掴む。もし必要なら、力づくで連れ戻す。
けど、その奥の部屋を見た瞬間、俺は足を止めた。
そこには、びっしりと“人形”が並んでいた。
ガラスの目の西洋人形、顔の割れた市松人形、無表情なマネキン。
そして、見覚えのある顔が混じっていた。
「……っ!」
息が詰まる。
りうら。初兎。悠佑。ないこ。
全員が蝋のような白い肌で、冷たく整列していた。
目は開いているけど、そこに光はなかった。
「きれいだろう?」
ほとけの声が背後から降りかかる。
「僕の“作品”だ」
俺は振り向いた。
「やっぱりお前が……! 何をしたんや!」
ほとけは首を傾げる。
「何って……人形にしただけだよ。誰も裏切らない。壊れても、直せる」
狂気の言葉やのに、声は優しい。
その優しさが余計に恐ろしい。
「返せ……仲間を返せ!」
俺はポケットから小型のナイフを取り出した。
「無理だよ。彼らはもう“人”じゃない」
ほとけは穏やかに笑いながら、一歩踏み出した。
俺はナイフを構えた。
けど、その瞬間、後ろから冷たい手が俺の腕を掴んだ。
「っ……!」
動かないはずの人形が、ゆっくり動いていた。
ガラスの目が俺を見下ろし、硬い指が俺の手首を締め上げる。
「離せっ!」
振り払おうとするけど、もう一本、もう一本と腕が伸びてきて俺の体を絡め取った。
ほとけは近づいてくる。
「大丈夫、いふくん。痛くないよ」
「ふざけんな……!」
俺は必死に叫んだが、人形たちが俺の足を押さえ、背中を押さえ、ナイフをもぎ取った。
刃は畳に転がり、乾いた音を立てた。
「ほら、楽になって」
ほとけの手が俺の頬に触れる。ひやりとして、指先が蝋のように滑らかやった。
「やめろ……俺は……!」
その声も、もう喉の奥でかすれていた。
暗闇の中で目を覚ましたとき、俺は動けなかった。
手足が重い。まるで自分の体やないみたいに感覚が鈍い。
目だけが、かろうじて動く。
視界の端に、ほとけがいた。
いつもの笑顔で、何かの道具を手に持っている。
「いふくん、もうすぐ終わるからね」
「……終わる?」
声は出ない。ただ、頭の奥で響くような気がした。
「君はね、いい素材だ。きれいな表情、頑丈な骨。仲間たちのそばに置いてあげるよ」
その言葉で、ようやく理解した。
俺はもう、人やない。
体が硬く冷たい。
動かない関節、蝋のような肌。
――俺は“人形”になってしまったんや。
「いやだ……いやや……」
心の中で叫んでも、口は動かへん。
涙も出ない。ただガラス玉の目が、じわりと世界を映している。
ほとけは器用な手つきで俺の腕を調整し、首の角度を決め、最後に笑みを整えた。
「できた。やっぱり君は美しい」
その声を最後に、俺の意識は深い暗闇に落ちていった。
どれくらい時間が経ったかわからない。
気がつくと、俺は他の“仲間”と並んで座らされていた。
りうらも、初兎も、悠佑も、ないこも――みんな人形のまま、同じ笑顔を浮かべている。
俺も、きっと同じ顔をしているんやろう。
でも、意識だけはある。
目だけが、動かない世界を見ている。
ほとけが奥の作業台で別の人形をいじっている。
「壊れたら直せばいい」
「綺麗じゃなくなったら、壊せばいい」
その言葉と同時に、俺の隣の人形の首がぐらりと傾いた。
次の瞬間、ほとけが無表情のままその人形を叩き割った。
パリン、とガラスの音。
木片と蝋と、白い粉のようなものが散らばる。
「やめろ……やめろぉ……!」
心の中で叫ぶけど、誰にも届かない。
ほとけは振り返って、俺を見た。
「いふくん、君もいつか壊れる。壊れたら、もっといいのを作るよ」
笑顔のまま、その目は冷たい底をたたえていた。
その瞬間、俺は理解した。
この家から、生きて出られる奴はもういない。
俺は“人形”として、壊されるためにここに並べられている――。
月明かりが障子を透かして、ぼんやり白く部屋を照らしている。
ほとけは静かに鼻歌を歌いながら、新しい人形を作っている。
その音が、地獄より冷たく響いていた。
俺はもう声も出せない。
ただ壊される瞬間を待ちながら、ガラス玉の目で暗闇を見つめていた。
サムネ
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コメント
6件
いい、いいねこれ... 生きた人間をどう意識を持たせたまま人形にするのか... すごい興味深い...
ガラスの目に切れ目が出来てて、ガラスの目から見た景色とかそんな感じなのがすげぇ( すきです