テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
窓の外では、夕暮れがゆっくりと街を溶かしていた。
オレンジ色の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋の中を柔らかく染めている。
ソファに座ったみことは、膝にクッションを抱えたまま、ぼんやりとテレビを眺めていた。
けれど、その視線はどこにも合っていない。
「みこと?」
キッチンから戻ってきたすちは、マグカップをテーブルに置きながら首を傾げた。
「……んぇ?」
反応はする。けれど、どこか遅い。
いつものみことなら、すちの声を聞いた瞬間にぱっと花が咲いたみたいに笑うのに。
「珈琲、あったかいよ」
「ありがと……」
両手でカップを包み込む姿は可愛い。小動物みたいで、守りたくなる。
それなのに、今日は胸の奥に小さな棘が刺さったような違和感があった。
ここ数日、みことはずっとこんな調子だった。
笑ってはいる。甘えてもくる。けれど、どこか無理をしているような、曇りガラス越しに触れているような感覚。
すちはみことをよく見ている。
好きだから。
好きで好きで、たぶん誰よりも。
だから、ほんの少しの変化でも分かってしまう。
「……みこと」
「ん?」
「なんかあった?」
ぴく、とみことの肩が揺れた。
「え?」
「最近、元気ない」
「そ、そんなこと……」
「あるよ」
優しい声だった。
責めるでもなく、問い詰めるでもなく。ただ、大事なものに触れるみたいな声。
みことの指先が、マグカップをぎゅっと握る。
「俺、なんかした?」
「ちが……っ」
否定しようとした瞬間だった。
ぽろ、と。
大きな瞳から涙が零れ落ちた。
「……っ」
みこと自身が一番驚いたように目を見開く。
次から次へと涙が溢れて、頬を伝っていく。
「みこと!?」
「ご、ごめ……っ、ごめ、なさ……」
慌てて袖で顔を擦る。
隠そうとしているのに、全然隠せていない。透明な雫がぽろぽろ零れて、袖口まで濡れていく。
「なんでも、ない、から……っ」
「なんでもなくないでしょ」
「だいじょ、ぶ……っ」
「大丈夫な人、そんな泣かないよ」
すちは心臓を掴まれたみたいだった。
みことの泣き顔なんて、初めて見た。
いつだってふわふわ笑っていて、嬉しそうに「すちくーん」って寄ってきて、眠そうに擦り寄ってくる子が。
今、こんなにぼろぼろ泣いている。
苦しくて、愛しくて、どうしようもなく抱きしめたくなった。
「こっち、おいで」
そっと腕を広げる。
みことは一瞬ためらったあと、甘えるようにすちの胸へ飛び込んできた。
「……っ、ぅぅ……っ」
「うん、うん」
すちは優しく抱きしめる。
背中を撫でるたび、みことの身体が小さく震えた。
こんなに細かったっけ。
こんなに不安を抱え込んでたのか。
「何が怖かったの?」
耳元で静かに問えば、みことは胸元に顔を埋めたまま、震える声を落とした。
「……っ、おれ……すちくん、好きすぎて……」
「うん」
「重いって……思われたら、どうしようって……」
すちは目を瞬かせた。
「ずっと一緒にいたいし、いっぱい触ってほしいし、声聞きたいし……すちくんのことばっか考えちゃって……」
ぽろぽろ涙を零しながら、みことは必死に言葉を紡ぐ。
「こんなの、きっと迷惑で……っ、そのうち嫌われちゃうって……」
「……みこと」
「自分でも重いって分かってるのに、止められなくて……っ」
ぎゅ、と服を掴まれる。
まるで捨てられるのを怖がる子どもみたいに。
その姿が痛々しくて、可愛くて、愛おしくて。
すちはたまらず、みことをさらに抱き寄せた。
「ねえ、顔見せて」
「……や、」
「見たい」
そっと肩を離し、両手で頬を包み込む。
泣いて熱くなった頬が、手のひらに収まる。
みことは潤んだ瞳で見上げてきた。
涙でぐしゃぐしゃなのに、どうしようもなく綺麗だった。
「……っ、すちく……」
「嫌いになるわけないでしょ」
視線が絡み合う。
みことは耐えられないみたいに目を逸らそうとして。
その瞬間。
すちは迷いなく唇を重ねた。
「……ん、っ」
柔らかい。
触れた瞬間、みことの肩がびくりと揺れる。
けれどすちは離さない。
安心させるみたいに、宥めるみたいに、ゆっくりと角度を変えながら何度も唇を食む。
甘く、長く。
好きだと伝えるように。
「……ふ、……ん……」
みことの力が少しずつ抜けていく。
最初は震えていた唇が、だんだん熱を帯びて柔らかくほどけていった。
すちは片方の手で髪を撫でながら、さらに深く口づける。
ちゅ、と水音が静かな部屋に響く。
「んぅ……」
吐息が甘く漏れた。
みことの瞳がとろんと蕩け始める。
さっきまで泣いていたのに、今はもう、熱に浮かされたみたいにぽやぽやしていた。
「……すちくん……」
「ん?」
「なんか……頭、ふわふわする……」
その声があまりにも可愛くて、すちは思わず笑ってしまう。
「よかった」
「……ぇ?」
「泣いてるみことも可愛いけど今の方がずっと良い」
もう一度、軽く唇を重ねる。
みことは抵抗どころか、甘えるみたいに追いかけてきた。
「……ぅ、」
「好きだよ、みこと」
「……っ」
「重いとか思ったこと、一回もない」
額をこつりと合わせる。
至近距離で見つめれば、みことの瞳がじわりと潤んだ。
でも今度の涙は、さっきみたいに苦しそうじゃない。
「むしろもっと好きになった」
「……ほんと?」
「ほんと」
「……いっぱい好きでもいいの?」
「うん」
「ずっとくっついてても?」
「いいよ」
「重くない……?」
「全然」
すちは笑いながら、みことの鼻先に軽く口づけた。
「だって俺も、同じくらいみことのこと好きだから」
「……っ」
みことの顔が一気に赤くなる。
それから、へにゃりと力の抜けた笑みを浮かべた。
さっきまで不安で曇っていた顔が、嘘みたいに蕩けている。
「……なんで泣いてたか、分かんなくなっちゃった……」
「ふは、かわいい」
「すちくんのせい……」
ふにゃふにゃの声でそう言って、みことはまたすちの胸へ擦り寄った。
すちはその身体を抱き締めながら、柔らかな髪にそっとキスを落とす。
腕の中のみことは、もう安心しきったみたいにとろとろに甘えていた。
みことはすっかり力が抜けていた。
泣き疲れたのもあるのだろう。すちの胸に凭れたまま、熱を帯びた頬を擦り寄せてくる。
「……すちくん、あったかぁ……」
「ふは、眠そう」
「んぅ……」
とろんと緩んだ声。
その無防備さが、たまらなく愛しい。
すちは細い身体を抱き寄せたまま、そっとみことの髪を掻き上げる。耳の後ろに指を滑らせると、みことがくすぐったそうに肩を揺らした。
「ん……?」
「じっとして」
優しく囁けば、みことは素直にこくりと頷く。
白く滑らかな首筋が露わになった。
そこに視線を落とした瞬間、すちの胸の奥で静かに熱が灯る。
誰にも見せたくない。
誰にも触れさせたくない。
こんなに可愛く甘える姿を知っているのは、自分だけでいい。
そんな独占欲を悟られないように、すちはいつも通り穏やかな笑みを浮かべた。
「みこと」
「……ん?」
「好き」
その言葉と一緒に、首筋へ唇を落とす。
「っ……」
柔らかな感触に、みことの身体がぴくりと跳ねた。
ちゅ、と軽いリップ音。
甘やかすように何度も口づける。
耳の下から鎖骨へ辿るように、丁寧に、ゆっくりと。
「す、ちく……っ、くすぐった……」
「我慢して」
ふ、と微笑みながら、すちはさらに深く唇を押し当てた。
柔らかな皮膚を吸い上げる。
「……っ、ぅ」
みことの喉が小さく震える。
淡い赤が肌に滲み始めるのを見て、すちの目が細まった。
愛しい。
胸がいっぱいになるくらい。
もう一度。
今度は少し強く。
「ん、ぁ……」
みことがすちの服をきゅっと掴む。
その反応に煽られるように、すちは何度も痕を重ねていく。
薄い肌に、赤い印が増えていくたび、満たされていく感覚があった。
まるで。
ここは俺のだと、静かに刻み込むみたいに。
「すちくん……っ、そこ、ぁ……」
「だめ?」
「だ、だめじゃ……ない、けど……っ」
潤んだ声。
拒絶はない。
むしろ甘えるみたいに首を傾けてしまうから、すちは理性が削られていく。
唇を離した場所には、濃い赤が咲いていた。
けれど、それだけでは足りない。
もっと。
もっと自分の痕で埋めたくなる。
すちはみことの腰を引き寄せ、再び首筋へ顔を埋めた。
「んぅ……っ」
今度は長く、深く吸う。
じわじわ熱を持つ皮膚を舌先で優しくなぞり、また口づける。
甘く、執拗に。
「……すちく、ん……」
みことはもう抵抗するどころか、熱っぽい吐息を零していた。
瞳は潤み、頬は赤く染まり、すちに触れられるたび力が抜けていく。
そんな姿を見ていると、胸の奥の独占欲がさらに膨らむ。
誰にも見せたくない。
自分だけが知っていたい。
「……かわいい」
ぽつりと呟き、すちは赤く染まった首筋にそっと指を這わせた。
みことは恥ずかしそうに肩を竦める。
「いっぱいついてる……?」
「うん」
「ぅぅ……」
「消したくないな」
そう言って、すちはまた同じ場所へ口づける。
何度も。
何度も。
愛を塗り重ねるみたいに。
次話更新♡500⬆
コメント
2件
みぅです🤍🥀 第1話読了しました…。すちくんの「嫌いになるわけないでしょ」からの、優しくて執着の滲む口づけのシーンが印象的でした。好きすぎて怖くなる気持ちと、それを受け止めて「もっと好きになった」と言える距離感が、丁寧に描かれていて胸がぎゅっとなりました。首元に痕を刻む行為も「他の誰にも見せたくない」っていう感情がひしひし伝わってきて…重い愛をきちんと愛情として書けるyaeさん、すごく好きです。続きが気になります。