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第三章 氷晶と炎音
第六話 深紅の思い
フィルディアの朝は寒い。
初夏なのに、とにかく寒い。
「……無理や」
王都の宿屋の一室。
シュンタは毛布にくるまりながら呟く。
「寒い……死ぬ……」
「まだ生きてるだろ」
向かいのベッドから商団仲間が呆れた声を返した。
「生きてるけど死にそうやねん」
「毎朝言ってるな」
部屋のあちこちから笑い声が上がる。
シュンタは毛布から顔だけ出した。
窓の外は今日も真っ白だった。
雪。
雪。
雪。
どこを見ても雪。
「南の国帰りたい……」
「あと半年は無理だな」
「長いわ」
再び笑いが起こる。
スカーレット・キャラバンの朝はいつも賑やかだ。
誰かが歌い、
誰かが楽器を鳴らし、
誰かが朝食をつまみ食いして怒られる。
血の繋がりなんてなくても、みんな家族みたいなものだった。
その騒がしさの中で、ふと
昨夜のことを思い出す。
銀髪。
銀の瞳。
氷みたいに冷たい空気。
「……」
変な人やったな。
王子様。
有名人には何人も会った。
王族も貴族も見てきた。
けれどあんな人は初めてだった。
怖いわけじゃない。
偉そうでもない。
ただ、寂しそうだった。
それだけだった。
シュンタは小さく首を振る。
「また考えてる」
仲間の一人が笑った。
「何を?」
「王子様」
「ちゃうわ!」
「絶対そうだろ」
大笑いが起きる。
シュンタは苦笑した。
その時、
宿の扉が勢いよく開いた。
「みんな!」
聞き慣れた声。
座長であり母親でもあるフレアだった。
燃えるような赤髪を揺らしながら、
一枚の封筒を掲げる。
「王城から招待状よ!」
部屋が一気に沸いた。
「王城!?」
「すげぇ!」
「本物の王様!?」
フレアは満足そうに頷く。
「五日後に城で公演をするわ」
歓声。
拍手。
口笛。
シュンタも思わず笑った。
王城か。
また会えるかもしれない。
あの王子、ジュウタロウに。
-–
その日の午後。
久しぶりの自由時間だった。
団員たちは思い思いに街へ散っていく。
シュンタもリュートを背負って王都を歩いていた。
市場は賑やかだった。
雪国特有の保存食。
燻製肉。
温かそうな毛皮の服。
南では見ない珍しい品も多い。
「ねぇ、兄ちゃん旅人?」
気付けば子どもたちに囲まれていた。
「せやで」
「その楽器弾ける?」
「弾けるで」
「聞きたい!」
元気な声。
シュンタは笑った。
「しゃあないな」
近くの木箱へ腰掛ける。
軽く弦を鳴らす。
音色が広場へ広がる。
子どもたちが歓声を上げる。
通りがかった人が立ち止まる。
手拍子が始まる。
気付けば小さな人だかりができていた。
旅先ではよくあることだった。
演奏が終わると拍手が起こる。
「兄ちゃんありがとう!」
子どもたちが笑顔で駆けていく。
シュンタも手を振り返した。
やっぱりこういう時間は好きだった。
世界には知らない景色があって、
知らない人がいて、
知らない出会いがある。
だから旅はやめられない。
ふと、顔を上げる。
遠くに王城が見えた。
白い雪の中にそびえる巨大な城。
そのどこかに、
あの王子もいるのだろう。
今頃何をしているのか。
書類仕事か。
剣の稽古か。
あるいは、一人で本でも読んでいるのかもしれない。
「……」
知らんけど。
そう思いながらも、なぜか少し気になった。
氷晶の王子。
氷みたいな人。
けれど、
本当は氷じゃない気がする。
昨夜見た銀の瞳を思い出しながら、
シュンタは空を見上げた。
白い雲の隙間から差し込む光は、
冬の国にしては少しだけ暖かかった。
コメント
1件
わあ、第25話、一気に温かい気持ちになりました。フィルディアの寒さとキャラバンの賑やかさの対比が鮮やかで、「血の繋がりなんてなくても家族みたい」って地の文にじんわり来ました。シュンタの「ちゃうわ!」のノリも含めて人物が生き生きしてて、ラストでふと王城を見上げてジュウタロウのことを思う余韻がすごく良かったです。「氷じゃない気がする」って直感、その通りだと思います、きっと。comiさんの書く旅芸人の空気感、大好きです。