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12. 約束の言葉
CASE 四郎
「アンタなんか、産まなきゃ良かった!!産んでなかったら、あの人に捨てられなかったのに!!」
グギギギギッ…。
女が俺の首を強く掴む。
女は怒りと悲しみを顔に映し出し、俺の事を睨み付ける。
この時、俺は7歳だった。
初めて人に殺されるって思った瞬間だった。
ゴミの溜まった部屋に、煙草の煙が目に沁みる程に漂う空気、酒の匂いを今でも覚えてる。
俺はガリガリに痩せていて、女に抵抗出来る程の力がなかった。
女の手が首から離れ、呼吸が出来るようになった。
「はぁ…っ、はぁ…っ!!」
息が上手く出来ない。
苦しい、痛い…。
女の騒ぐ声が遠くに感じる。
視界がグワンッと大きく揺れ、気持ち悪い。吐きそう。
だけど、胃の中が空っぽの所為で吐く事すら出来ない。
こんなに苦しいなら…。
死んでしまえばどれくらい楽になるんだろう。
こんなに苦しいなら殺してくれた方が良かった。
もう、いっその事…。
「殺し…。」
ガサッ。
口に紙袋が当てられた。
「大丈夫だから、ゆっくり息を吸え。大丈夫だ、お前の事を殺さない。」
男の低い声が耳に届いた。
ボヤけた視界で目に入ったのは、眼帯を付けた男。
兵頭雪哉(ひょうどうゆきや)だった。
「四郎(しろう)、四郎。」
目を開けると俺は体を跨って見下ろすモモの姿があった。
見慣れた天井と部屋。
ここは自分の部屋か…。
どうやって、戻って来たんだ?
「おはよう四郎。良かった、目を覚まして。」
確か、俺は…。
ハッとした俺は体に視線を送った。
包帯も巻かれていないし、傷がない…?
「三郎(さぶろう)に知らせてくる。」
モモはそう言って、部屋を出て行った。
状況が理解出来ない。
「…。煙草吸いながら考えよ。」
煙草を探したが、煙草が見つからない。
煙草がない。
最悪、どこかで落としたんだな。
バン!!
扉が勢いよく開くと、三郎が慌てて俺に近寄って来た。
「四郎!?だ、大丈夫!?」
三郎が慌てるなんて、珍しい。
「どうなってんのか説明、出来るか?」
俺がそう言うと、三郎は俺の吸っている煙草の新品を渡して来た。
「結構な大怪我だったんだよ。本来なら俺の血を輸血する予定だったんだけど、モモちゃんが直した。」
は?
モモが治した?
「治した…って、は?どう言う事?」
「アルビノの血で治ったんだよ。モモちゃん四郎に自分の血を飲ませたんだ。」
「モモの血を飲んだから治ったのか?」
「この目で見たから本当だよ。やっぱり、アルビノの伝説は本当だったみたい。」
三郎はそう言って、俺の隣に腰を下ろした。
俺は煙草を口に咥えると、三郎も自分の煙草を咥え火を付けた。
三郎は俺の煙草にも火を付けてくれた。
「四郎を助けてくれた事は感謝してる。だけど、俺はどうしてもモモちゃんを優先的に考えられないんだよね。やっぱり、俺の第一優先は四郎だから。」
三郎と俺はいわゆる幼馴染じみだ。
同じ団地の隣の部屋に住んでいた。
俺と三郎の親はよく似ていた。
三郎が俺を大事に思うのは、付き合いが長いからもあるが…。
俺もどこかで、三郎が危険な目に合ったらモモを置いて行くのかもしれない。
モモとの付き合いはまだ浅い。
それに、モモの不思議な雰囲気に慣れない。
「あ、四郎!!起きた?」
扉から顔を覗かせたのはモモと二郎(じろう)だった。
二郎は黒のエプロンを着けていて、どうやら料理の最中だったらしい。
「ご飯作ったけど、食べれる?」
「軽く食べるわ。」
二郎の問いに答えた。
お腹に少しでも物を入れといた方が良いよな…。
「了解。さ、モモちゃん。盛り付けしちゃおうか。」
「うん。」二郎とモモは俺の部屋を出て行った。
「二郎に懐いてんのか?」
「モモちゃんなりに俺達を少しは信用して来たんじゃない?」
「へー。」
「四郎と戦ったJewelry Pupil の子の情報を七海(ななみ)が探ってるよ。」
あの女子高生の事か。
「俺と戦った男とグルだったみたいだし、俺達と同じように殺し屋団体がいるのかもしれないって。」
「だろうな。俺の事を撃って来たスナイパーもそうだろうな。いてもおかしくはないだろうし。」
「俺達みたいに団体で動いてる組織の可能性はあるって、ボスが言ってたよ。」
殺し屋団体か…。
今までも団体で動いてる殺し屋もいたし、Jewelry Pupil を狙ってるみたいだしな。
「Jewelry Pupil を持ってるのは子供だけじゃないのかも。」
「俺もそれは思ってた所。Jewelry Words ってかなり厄介。弾とか全然、効かなかったし。」
「あの女子高生の子は、素早い動きには対応出来ないみたい。俺の攻撃は結構、当たってた。」
三郎は戦いながらJewelry Words の対処法を探したのか。
「面倒臭せー相手って事だけは分かるわ。」
俺はそう言って、煙草を灰皿に押し当てた。
「普通の殺し合いじゃなくなって来たのかも。」
三郎の言葉はどこか現実味を帯びていた。
俺自身もそれを理解している。
「四郎はさ、モモちゃんの事どう思う?」
「どう思うって言われても…、何とも。三郎達よりは信頼はしてない。」
好きとか、嫌いとかの感情は今の所はない。
信用していないのは事実だ。
何を考えているのか分からないのが大きい。
傷を治してくれた事には礼を言わないいけないなって思うくらいだ。
「まぁ、会って3日だしね。モモちゃんは四郎の事、好きみたいだよ?」
「何で好きなのか分からん。」
「自分に興味ないからだって。」
「意味分かんねーな。」
興味がないから好きってあるのか?
普通は興味を持ってくれたから好きになるんじゃないのか。
「四郎、ご飯できた。」
モモがひょいっと扉から顔を覗かせた。
「はーい。今、行くね。」
三郎がモモに返事をしたので腰を上げると、モモが俺の手を握って来た。
「行こ。」
「あ、あぁ…。」
俺達はリビングに向かった。
リビングに着くと、テーブルの上にはグチャグチャのオムライスとコンスープ、小さなサラダが置かれていた。
二郎は俺達の中では一番料理が上手い。
なのに、今回のオムライスは卵がグチャグチャでチキンライスが上手く巻かれていない。
「モモちゃんが、四郎達のオムライスを作ったんだよ。」
俺の視線に気付いた二郎が俺に声を掛けて来た。
「モモが?」
「四郎に食べて欲しかったんだよね?」
「うん。四郎、食べてくれる?」
二郎に話し掛けられたモモは不安そうな視線を送った。
この顔は…。
昔の記憶を呼び覚まされる。
この顔を見るのは、苦手だ。
俺はモモの頭をポンッと撫でてから言葉を放った。
「食うからそんな顔すんな。」
俺の言葉を聞いたモモは安心した表情を見せていた。
その光景を見た二郎はどこかホッとしている。
俺達は椅子に座り食事を始めた。
モモは俺の隣に座り、オムライスを食べるのを待っていた。
俺は崩れた卵とチキンライスをスプーンで掬い、口の中に入れた。
卵はバターが効いていて、フワフワに仕上がっている。
チキンンライスの方は程良くケチャップとソースが混ぜられてバランスが取れていた。
味付けは二郎と一緒にやったんだろうな。
「四郎、どう?美味しい?」
ここは素直に答えた方が良いよな。
俺の為に作ってくれたわけだし。
それに、誰かに喜んで欲しいって感情は俺にもあったからな。
脳裏に昔の記憶が流れ込んだ。
モモが求めてる答えは分かってる。
ただ、素直な感想が欲しいだけだ。
「美味しいよ。」
俺がそう言うと、モモは凄く喜んだ。
「本当!!?二郎に教えて貰いながらやったの!!スープも飲んで!!あと、サラダも!!」
モモは少し興奮気味で話し出した。
「わ、分かったら落ち付けって。全部、食べるから。」
俺がモモを宥めていると、二郎が言葉を放った。
「モモちゃん、凄く頑張ってたんだよ?四郎に食べさせたかんだよね。」
「そうなんだー。卵ぐちゃぐちゃだけどー。」
二郎の言葉を聞いた三郎は、モモに意地悪するような言葉を投げ掛けた。
モモは三郎の言葉にムッとしていた。
「三郎の為に作ったんじゃないもん。」
「おい、三郎!!そんな言い方しなくても良いだろ。」
モモの援護をするように二郎が話に入った。
「モモちゃん、俺に対して冷たくない?」
「三郎だってそうじゃん。私が四郎にベッタリなのが嫌なんでしょ。」
モモはそう言ってから、俺の腕に抱き着いた。
「あ!!近いよ、モモちゃん!!」
三郎の言葉をモモは無視し続けていた。
コイツ等…、くだらない事で言い合いしてんな…。
話し変える為にも、礼を言っとくか。
「モモ。」
俺がモモの名前を呼ぶとピタッと言い合いは終了した。
「俺の怪我、治してくれたって聞いた。その、ありがとな。」
あまりお礼を言い慣れていない所為で、ぎこちなくなってしまった。
「四郎が助かるなら、いくらでも血を上げる。」
「いくらでもって…。」
「四郎がまた、怪我したら私が治す。四郎が戦うなら私も戦う。だから、こないだみたいに離れたくない。」
ショッピングモールの事を言ってるのか…。
モモの意思よりもボスの命令の方が優先だ。
それはこの体と頭に染み付いてしまっている。
俺はモモの意見に反する言葉を放った。
「あの場所にお前を置いてくのは駄目だって判断したのは俺だ。ボスからは傷一つ付けるなって命令されてる。モモの意思よりボスの命令の方を優先すると思ってくれ。この先も。」
「で、でも。私は、あのお姉さんと同じ事で、できるよ…。」
Jewelry Words の事か。
俺とモモの会話に二郎が入って来た。
「モモちゃんに危ない事はさせれないよ。Jewelry Words を使うと鼻血が出ちゃうよね?ボスも俺達もモモちゃんの体に負担掛けたくないんだ。」
二郎が優しくモモに話をした。
だが、モモは納得いっていない感じだった。
「四郎のあんな姿、もう見たくない…。」
俺の怪我は相当酷かったのだろうと、モモの顔色を見たら分かる。
「あんな怪我、もうして欲しくないな…。」
「不安にさせなちゃ、納得すんのか。」
「え?」
俺はモモの目を見て話を続けた。
「怪我しないのは無理だが、ここには帰って来る。それで安心出来るだろ。」
「ここに…?」
「あぁ。」
「帰ってくる?」
「あぁ。」
俺がそう言うと、モモが抱き着いて来た。
「今はそれでいいよ…。約束だからね。」
「分かった。」
モモの頭を優しく撫でた。
俺はモモの事を昔の自分と重ねているのだと思う。
小さい頃の記憶がフラッシュバックする。
俺がモモに投げかける言葉は、俺が言って欲しかった言葉なのだろう。
三郎はそれを分かっているようで、黙って見ていた。
俺はまだ、完全には解放されていないのかもしれない。
母親の呪縛からー
パシッ!!
高級タワーマンションの最上階の部屋で、頬を叩く音が響いた。
黒い絨毯の上に佐助(さすけ)は倒れ込んだ。
「無様な姿で帰って来たな。与えた命令さえ守れないのか。」
佐助を冷たい目で見下ろしたのは椿(つばき)だった。
「椿様!!僕が、現場から離脱させました。佐助には責任は…グハッ!!」
話す伊助(いすけ)の腹に椿は拳を入れた。
「誰が喋って良いって言った?伊助。」
「も、申し訳ありません。」
椿は佐助の長い髪を優しく撫でた。
「椿様…。」
「佐助、俺は君に期待しているからこうしているんだ。分かるだろ?」
「はい…。申し訳ありませんでした。」
「お前の瞳と俺の目を入れ替えた日の誓いを忘れた訳じゃないだろ?」
椿の左目が電気の光で煌びやかに反射した。
オレンジダイヤモンドの瞳がキラキラと、残酷に輝く。
佐助の瞳をくり抜き、自分の目とオレンジダイヤモンドの瞳を入れ替えたのだった。
「椿様…。私には椿様しかいないんです。だから、捨てないで下さい…。」
カタカタと震えてる佐助の体に椿はソッと触れた。
「お前を捨てる筈はないよ。」
「椿様…。」
「失望させないでくれよ。」
椿は優しくそして、支配力のある言葉を佐助に与えた。
「つーばき様♡」
椿の背中に喜助(きすけ)が抱き着いた。
「喜助、どうかしたのか?」
「お話が終わったら相手して下さい♡」
「今日は時間があるからのんびりしようか喜助。」
佐助の体から手を離し、喜助の頭を撫でる。
椿の腕に自分の腕を絡めた喜助は佐助を見下ろした。
「椿様、行きましょ♡」
椿と喜助はリビングを出て行った。
パタンッ。
「佐助!!大丈夫?口から血が…。」
佐助に近寄った伊助が手を伸ばそうとし時だった。
パシッ!!
「佐助?」
「触るな。」
佐助はそう言って、伊助を睨み付けた。
「もっと役に立たないと、椿様に捨てられちゃう…。そんなの嫌、嫌、嫌…。」
「さ、佐助…?」
「椿様…、椿様…。置いて行かないで…。」
ガチャッ。
リビングの扉が開かれた。
扉から現れたのは喜助と出て行った椿だった。
椿は佐助と目線を合わせるように腰を引くくし、言葉を放った。
「反省したか?」
「っ?!」
伊助は椿の行動と言葉に驚いていた。
分かりやすい飴と鞭を見た事がなかったからだ。
「椿様…。私は、役に立ちます。だから、だから…。喜助を選ばないで…。」
「佐助の努力次第だよ。俺を喜ばせてくれよ可愛い佐助。」
「あの言葉を言って…、下さい。」
佐助の言葉を聞いた椿は耳元で囁いた。
「俺には君が必要だ、君を捨てる事は絶対にないよ。約束する。」
椿の言葉を聞いた佐助は椿に抱き着いた。
伊助は状況に理解出来ずにいた。
「伊助、君の事も高く買っているんだ。次からはちゃんとやれよ。」
伊助の背中に寒気が走った。
椿の言葉はまるで、佐助にとっては安心する言葉なのだが。
伊助にとっては縛りであると言う事を実感していた。
「俺の役に立てよ駒達。」
椿の言葉は誰も届かなかった。
プルル…。
ピッ。
「お疲れ様です、ボス。」
「おう、一郎(いちろう)。今、平気か?」
電話に出た一郎は、地面に転がっている死体の山に目に通してから答えた。
「今、終わりました。大丈夫です。」
「そうか。もうすぐ、うちの組の幹部が集まる集会があるんだが。どうやら、幹部の組の娘がJewelry Pupil だったらしいんだ。」
「え、そうなんですか?」
「あぁ。それで、今回の集会にモモちゃんと四郎を連れて行こうと思う。」
カツカツカツ。
ヒールの音が鳴り響いた。
「こっちは片付いたけど、終わったのー?」
鉈を持った六郎(ろくろう)が一郎に近寄った。
一郎が電話している姿を見ると六郎は口を閉じた。
「モモちゃんを…、ですか?大丈夫なんですか?」
「全ての幹部の前で見せる訳じゃない。Jewelry Pupil がいる組長と若頭だけでの顔合わせだ。」
「そう…ですか。ボスの決定なら俺は従いますが。」
「俺の信頼してる男が選んだ男だ。裏切る可能性はない。モモちゃんと同年代の娘らしくてな。それと、モモちゃんに友達を作らせてやりたいとも思っている。」
「分かりました。戻り次第、四郎に話をします。」
「宜しく頼む。」
兵頭雪哉はそう言って、電話を切った。
「ボスは何だって?」
「モモちゃんを次の集会に連れて行くって。」
一郎はそう言って、煙草を咥え火を付けた。
「え?!集会に?大丈夫なの?」
「ボスが言ってるんだから俺達は従うだけだ。」
「そうなんだけど…。モモちゃんを外に出さない方が良いんじゃないの?四郎の事もあるし…。」
六郎が少し不安そうに言うと、一郎は六郎の頭を撫でた。
ワシャワシャ!!
「わわわ!!何すんのよ!!」
「お前が不安がるような事態にはしないさ。」
「妙に説得力あるわね。」
「飯でも食いに行くか。」
「賛成!!ラーメン食べに行こ!」
六郎はウキウキしながら助手席のドアを開けた。
一郎はフッと笑い運転席に座った。