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「行ってきます」
なまこへ声を掛け、バッグを肩へ掛ける。
玄関へ向かおうとして、ふと壁に掛かったカレンダーが目に入った。
来週の金曜日。
そこには新しく書き込んだばかりの『同期会』という文字があった。
昨夜、悦子からメッセージが届いたのだ。
『仁人とも調整したんだけど、同期飲み、来週の金曜とかどう?』
とりあえず予定だけは書き込んだものの、まだ返信はしていない。
(今日、会社で話せばいいよね)
悦子にも、日下にも。
二人とも社内にいるのだから、メッセージを返すより直接話したほうが早い。
そう思いながら、もう一度カレンダーへ目を向ける。
(その頃には、私もちゃんと答えを出せているかな)
藤代さんからいただいた、大切な打診。その期日も迫っている。
胸の奥で静かに決意を確かめると、私は玄関の扉を開けた。
***
昼休みに入って間もない頃だった。
この春入社したばかりの新人三人が、昼休憩へ向かおうと各々用意した昼食を手に、席を立つ。
「そういえばさ」
仲良く連れ立つ姿に、悦子と日下のことがふと重なる。そんな瑠璃香の後ろを通りながら、田貫史郎が声を潜めるように切り出した。
「俺、さっき他部署の人から聞いたんだけどさ。明日、うちの会社、なんか記者会見するんだって」
「えっ、本当?」
紅一点の佐久真理子が目を丸くして立ち止まる。
「しかも藤井田ホールディングスとの合同会見だとか」
「藤井田ホールディングスって……」
佐久のつぶやきに、保城常雄が少し考え込むように首を傾げた。
「僕もその話、聞きました。何の会見なんでしょうね」
「やっぱり新沼社長補佐のことじゃない?」
田貫の言葉に、二人も「だよねー」と頷く。
「企画宣伝課に配属されてすぐの歓迎会の時、俺ら、すげぇ気遣ってもらったじゃん? だからなんか気になるんだよね」
「分かる。僕もあれはすごく嬉しかった。けど、合同会見ってことは結構大きな話だよなぁ?」
「婚約発表はもう終わってるし……何だろう?」
三人寄れば文殊の知恵……とばかりに推理が始まる。
瑠璃香は今回の件に深く関わる当事者だ。何だか彼らの憶測を聞いていられなくて、小さく咳ばらいをする。
その音にそこでハッとしたように、
「とりあえず休憩室で食いながら話さん?」
「そうだね」
と立ち去っていく三人を視界の端に収めながら、瑠璃香は静かに吐息を落とした。
(明日、ひとつ目の区切りがつくんだよね……)
瑠璃香を苦しめてきた晴永の許嫁問題が、明日の共同会見で白紙になる。
そのことを知っているのは、この部署では恐らく瑠璃香だけ。
だから瑠璃香は、何も言わない。
言えない、ではなく、言ってはいけないから。
(私もお昼食べなきゃ……)
平静を装うためにも、いつも通りの行動を心がけなくてはいけない。
そう思って立ち上がった時だった。
「小笹さん、少しお時間よろしいでしょうか」
不意に掛けられた声に、課内へ残った社員らの視線が一斉に入口を向く。
そこには、社長の筆頭秘書・藤代有馬が立っていた。
瑠璃香は小さく頷く。
「はい」
(答えを出す時が来たんだ)
向かった先は、前回と同じ秘書課に付随した小会議室だった。
***
「どうぞ」
勧められて、以前同様二人掛けソファの片側へ腰掛ける。
藤代も向かいへ座ると、ふと腕時計へ目を落とした。
「昼休み早々お呼び立てして申し訳ありません。――昼食はまだ、ですよね?」
「あ、はい。これからです」
「でしたら、何かご用意しましょうか?」
「えっ」
思わぬ申し出に、瑠璃香は慌てて首を横へ振った。
「だ、大丈夫です。今日はお弁当を持ってきていますので」
「そうですか」
藤代は小さく笑う。
「では、あまり長くお引き止めしないようにしましょう」
「お気遣いありがとうございます」
瑠璃香が軽く頭を下げると、藤代は居住まいを正した。
コメント
2件
懐かしいな。新人ちゃんたちだぁー!
うわっ、瑠璃香の胸の内がじわじわ沁みた……! カレンダーに書き込んだ「同期会」にまだ返信できてない感じとか、新人3人の推理を聞いて咳ばらいでごまかすとこ、すごくリアル。藤代さんの「昼食はまだですよね?」って気遣いも優しくてじんわりきた。いよいよ答えを出す時が来たね。明日の会見、どうなるんだろう……続きが気になる🔥
鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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