テラーノベル
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お互い、まだぎこちない名前呼びに照れながら向かった先は、駅近くの映画館。日曜の街に溶け込むように歩く中、歩道の並木からは赤や黄色の葉がひらひらと舞い降りてくる。氷室はさりげなく、背の低い俺の歩幅に合わせてくれた。落ち葉の影をふたりで踏みしめる音が、やけに心に残った。
カウンターでチケットを受け取り、ロビーのざわめきを抜けてスクリーン前へ。ふたりで選んだのは「全米が泣いた」という触れ込みの感動作だった。
座席に並んで腰を下ろすと、氷室がそっと肘掛けを譲るように寄せる。ほんの小さなさりげない気遣いが、胸の奥にじんわりと沁み込んでいった。
照明が落ちて、スクリーンに映像が流れはじめると、ふと文化祭のあの日を思い出す。
(――あのときもふたり並んで、ステージ上の大型スクリーンを見たっけ)
俺がアイデアを出してから、氷室と準備に奔走した日々と、本番を終えたあとの達成感。あのとき感じた「一緒にやり遂げた」という誇りが、普段ドジばかりやらかす俺に、勇気を与えてくれた。氷室に想いを告げるその一歩を踏み出せたのは、間違いなくあの瞬間があったからだ。
物語が静かに進んでいく中、何気なく横を見ると、氷室がスクリーンではなく俺の顔を見ていた。そのまっすぐな視線に、思わず息を飲む。
「……奏」
薄暗がりの中で、氷室の唇が確かにそう動いた気がした。
「……蓮」
俺もそっと、名前を呼び返す。次の瞬間、どちらからともなく肘掛けの上で手が触れ合い、ゆっくり重なった。それはあたたかくて、すごく優しくて。指先が少しだけ震えているのを感じて、相手も同じように緊張しているんだとわかって――胸の奥がさらに熱くなった。言葉はなくても、それだけで充分だった。
ふたりでほほ笑み合い、またスクリーンへと視線を戻す。手のぬくもりを感じながら、心地よく映画を楽しんだ。
上映が終わっても、まだ時間はたっぷりあった。帰るには早すぎる――そんな気持ちが通じ合ったのか、自然と足はカフェへと向かった。
少し遅めの昼食。白いテーブルを挟んで向かい合いながら、ほっと一息ついた。氷室が差し出してくれたカップからは、ほんのりと紅茶の香りが立ちのぼる。
手に取って、そっと一口。
「……蓮、美味しいね」
そう言うと氷室は照れたように、けれどどこか嬉しそうに頷いた。交わす言葉は少ないけれど、その一つひとつが胸をあたたかく満たしていく。
窓の外には、夕日に照らされてきらめく銀杏並木。ひとつ、またひとつと落ち葉が舞うたびに、今傍にいる温もりをもっと強く抱きしめたくなる。こうして過ごす時間のすべてが、ゆっくりと確かに『ふたりだけの想い出』になっていく気がした。
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