テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◆66◆ ◇過ぎ去り日々は戻らない ❀第一章完結❀ 遅延してすみません。😭
「ふたりとも元気そうじゃない?
おばあちゃんたちと妹の凛子と5人幸せなんでしょ?
私はあなたたちからこの家にいらない人間だから出て行けと言われ、たった
ひとりで寂しく家を離れ、それからひとりで頑張ってきたの」
「おかあさん、家に帰って……き……」
「温子さん……」
ちょうど、娘が私の聞きたくない言葉を口にしたと同時に涼さんの声がした。
「あっ、夫が呼んでるからこの辺で失礼するわね」
私が早々に別れの言葉を掛けると、目の前にいるふたりがあんぐりと口を
開けている様子が伺えた。
私の『夫発言』に思考が追い付いていかないのだろうか。
まっ、どうでもいいけど。
このふたりは、今では友人でさえない赤の他人だもの、関係ないわ。
私は素敵でカッコいい今の夫の側に駆け寄り、そのまま振り返ることなく
その場を立ち去った。
********
残された元夫の哲司と娘の鳩子の視線の先には、身なりにそれなりのお金を
掛けたと思われるふたりのカップルの姿があった。
今思えば、家族のために惜しみなく時間を使い料理や掃除にと働きバチで、
綺麗にしている温子を見たことがなかったけれど、美しくコーディネートされた
粋な着物と髪型のコラボを見るにつけ、今の温子の豊かな暮らしぶりが垣間
見えた。
隣に歩く男性もスラリとした高身長にそれなりのガタイで彼もまた粋に
高品質のジャケットにスラックスを身につけていて、洒落者に見える。
身につけているものから、今の自分たちには到底叶うはずのない彼らの豊かな
暮らしぶりが想像できた。
娘の鳩子にはイマイチ、理解しきれなかったかもしれないが、哲司には
分かってしまった。
どのような経緯であのような富裕層の男と知り合ったのかは分からないが、
家にいて着飾っていない妻の姿が普通になってしまい、妻の美しさを全く
認識していなかったことを、先ほどの艶やかな妻の姿を見て思い知った。
普通に化粧をし、装えば綺麗な女性だったのだということを。
そして、美しく聡明で思いやりがあり、家事や勤労を厭わない女性の存在を知れば
―――値打ちの分かる男が、いや周囲の世話人が、放っておくはずがないということも。
自分の妻だった女性はもはや手の届かない上流階級の人種になった
ことを知った。
父親と娘は、しばらくふたりの歩く後ろ姿を見送り、その後駅までの道のりを
無言で歩いた。
自分たちにとって大切だった人が二度と自分たちの元へは戻っては来ない
ことを噛み締めながら。
娘は、心のどこかで母親の温子が父親を捨てることはあっても娘を捨てる
ことはないだろうとの、親子の、母と子の神話を信じていた。
だが、そのようなものなどないのだと、親子といえども口に出してはいけない
言葉があるなどと思いもせず、言ってはならない言葉を口にしてしまい、母親を
失うことになった鳩子。
この時改めて、鳩子は大きな喪失感を経験することになる。
あの日あの時、そのようなことが分かっていたら……知っていたら……
更には凛子のしたことがどれほど非道なことであったのか理解できていた
なら、そして凛子のいい加減な性格を把握していたなら、自分は絶対
母親にあのような言葉は吐かなかったと……後年になって鳩子は自分の軽はずみな
所業を酷く後悔した。
そしてこの後、鳩子は社会に出てから人との関係が上手く築けなくなり
長い間苦しむことになった。
鳩子が後悔したように、哲司もまた己の不甲斐なさをその後引きずって
暮らすのだった。
-1607-
――――― シナリオ風 ―――――
涼(店の奥から出て来て声を掛ける)「温子さん……」
娘の言葉と同時に、涼の声が響く。
温子はすぐに振り返り、微笑んで答える。
温子「あっ、夫が呼んでるから、この辺で失礼するわね」
きっぱりと告げて立ち去る温子。
「夫」という言葉に、哲司と鳩子はあんぐりと口を開けたまま
動けない。
〇家具屋の外 去りゆく後ろ姿
温子は颯爽と涼のもとへ駆け寄り、そのまま振り返ることなく
立ち去る。
残された父娘は、ただ呆然とその後ろ姿を見送るしかなかった。
哲司(N)「――あれほど時間を惜しまず家族のために働いていた妻。
化粧もしなかったが、本当は装えば美しい女性だった。
その価値に気付けなかった自分の不甲斐なさを、今になって思い知る」
鳩子(N)「――母は父を捨てても、娘を捨てることはないと信じていた。
けれど、親子にも「口にしてはならない言葉」がある。
あの日、自分はそれを知らずに口にしてしまった。
そして母を永遠に失ってしまった」
父と娘はしばらく黙 ったまま、去りゆく二人の背を見送る。
そして駅までの道のりを無言で歩いた。
二度と戻らぬ人を思いながら――。
――――― おしまい ―――――
みなさま、ご訪問いただきありがとうございます。
ひとまず、第一章は完結しました。
第ニ章へと続く……
引き続き宜しくお願い致します✿