「もしかして春凪。会社の給湯室でコーヒー淹れたりするときも外してたり?」
途端少し声を低めて聞かれて、「さすがにそこまでは」と答えたら満足そうな腹黒スマイルを浮かべられた。
「――でしたら結構です」
何が結構なのかは存じ上げませんが、洗い物するときはポケットに仕舞ってますよ?と心の中で密やかに付け加える。
宗親さんの視線が痛くていそいそと指輪を指にはめながら、お昼過ぎに九階のリラクゼーションルーム付近であった出来事を思い出した私は、ぷぅっと頬を膨らませて宗親さんに物申した。
それが、本章冒頭の「宗親さんっ! これ目立ち過ぎて会社でめちゃくちゃ気にされまくっちゃうんですけどっ」というセリフです。
***
夜。
宗親さんとソファーに横並びに座って。
ビールが注がれたグラスを手にソワソワしてしまうのは、今夜は明らかに宗親さんが座る位置が物凄ぉーく私に近いと感じるから。
ソファーの肘掛けから自分までの距離と、自分と宗親さんとの隙間を目測しながら、私は落ち着かない気持ちで大好物のチーズ――ケーゼレベレンペッパーチーズ――に手を伸ばした。
「や、やっぱりビールには……えっと、ほ、程よく辛みのきいたペッパーチーズが合いますね」
なるべく左隣に座る宗親さんから伝わってくる体温のことは考えないようにしながら、大好物のチーズを齧ってビールをグイッと煽る。
だけど紡いだ言葉はグダグダで。
それを誤魔化すみたいにゴクゴクと喉を鳴らして半分以上ビールを飲み干して。宗親さんに「え……」とつぶやかれた。
この距離!
これが飲まずにやってられますかぁ〜!って感じなんですけど……まさか宗親さん、今日も昨日みたいなことなさろうとか思っていたりしません、よ、ね?
考えただけで心臓バクバクでどうにかなりそうです!
「春凪。そんなに一気に煽ったら酔い潰れてしまいますよ?」
明日も仕事なのに――。
そう付け加える宗親さんを横目に、心の中で「だってだって……」と言い訳をする。
好みの男性が、お互いの吐息や体温さえも感じられるようなすぐ近くで飲んでおられるんですよ?
しかもその人と私、昨夜はあんなことやこんなことを……ゴニョゴニョ。
そんなことを考えたら、とてもシラフのままではいられないんですものっ。
「あ、あのっ。最近あまりお酒を飲む機会に恵まれていなかったので、その、つ、ついお酒が進んじゃうといいますか……」
えへへ。
とか笑いながらも、ビールの味はもちろんのこと、大好きなはずのチーズの味さえ殆ど感じられないとか。……もぉ、もぉ、もぉ!
「久々なら尚更。もっとゆっくりとしたペースで飲むべきだと思うんですけどね? だいたい春凪はお酒の飲み方が下手なんです。僕がMisokaで初めてキミに声をかけた時だって……」
至極もっともなことを仰いながら、説教モードに移行していく宗親さんに、私は「うー」と小さくうなって抗議の気持ちを表す。
「いっ、家でまで上司みたい喋り方しないでくださいっ」
照れ隠し。宗親さんを恨めしげに睨んだら、彼は一瞬驚いたように私を見つめてから、すぐさまクスッと笑って。
その笑顔は紛れもなく例の腹黒スマイルだったから、私は嫌な予感に身体をギュッと硬くした。
「それもそうですね。では、春凪のご提案通り、〝溺愛夫モード〟に切り替えましょうか」
ククッと喉の奥で楽しそうに笑うと、宗親さんが私の手からグラスを奪い取る。
「あっ、それ、まだっ――」
中身残ってます!って言おうと開いた口を、宗親さんのビールでひんやり冷えた唇で塞がれてしまう。
口中を掻き回す舌先に、すぐさま下腹部がキュンと疼いたのは、昨日の今日だから――?
「ふぁ、っ」
キスの合間、たまらず喘ぐように息継ぎをした私を満足そうに見下ろして、「春凪、キミは本当に可愛いね。こんな綺麗で愛らしい奥さんをもらえて、僕は幸せ者です」とか。
さっき、そういうモードに切り替えるっておっしゃってたし、本心じゃないのは十分すぎるほど分かってるのに、馬鹿な私はついついほだされそうになってしまう。
「宗親さ……」
意識がトロンととろけて、もっともっとキスして欲しいと願ってしまうのは、お酒を飲みすぎたせいですか?
それとも宗親さんのキスが、すっごくすっごくエッチだったから?
「ねぇ春凪。今日もキミを抱いていい?」
瞳の奥に宿した熱を見透かしたように聞かれて、私はうっとりとうなずいた。