コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
唾切戦から2週間程経ったある日のHRにて…
ルンルンで無陀野の代わりにやってきた鳴海は教室に入るなり、持って来た紙袋の中からカツラを取り出して机の上に並べだす。
副担の謎の行動に、生徒たちは興味津々で机の周りに集まって来た。
いち早く疑問をぶつけようとしている一ノ瀬を抑え込むため、鳴海はすぐさま説明を始める。
20以上あるカツラを前にして彼が話し始めたのは、来週に控えた部隊見学のことだった。
「来週、東京で働く各部隊を見学することが決まりました〜!でも、京都での一件で顔と名前が割れ、そのままウロつくのは危険でーす。なのでぇ、ここにいる全員に変装してもらいまーす。もちろん名前も偽名ね。変装のヅラ借りてきたから選んでいいよ♡」
「うわ!すげー数ある!矢颪、これ似合うんじゃね?」
「はっ!?んなダセーの被れっかよ!バカか!」
「ロクロはこれがいいんじゃないか?」
「え、そう、かな…」
「けっ。ここでもリア充かよ。」
「(私は残り物…)」
「(どーでもいい。)」
一部静かな者もいるが、ワイワイと会話をしながらカツラを選ぶ面々。
鳴海もカツラを選びながら、静かに無陀野の隣に移動する。
「いやー、変装ってめんどいね〜」
「お前は菌で変身できるだろ。現に今だって治らなかったところは隠してる」
「そーだけどさ。あれ結構疲れるんだよ?…あ、無人くんも変装するんだよね?俺が選んでもいい?」
「あぁ。」
「ん~どうしようかな~」
「そんなに悩むことか?どれでもいいだろ。」
「せっかくならカッコいいのを…って思ってるんだけど、顔が整ってるからどれも似合いそうで。迷う…( ᷄ᾥ ᷅ )」
「俺はなんでもいい」
「そんな適当な…」
無陀野の言葉に、鳴海はガクっと肩を落とした。
死んだはずの鳴海が生きてると情報が渡ってしまったので今まで以上に警戒しないといけない。
この中で一番変装する必要があるのは、鳴海自身なのだ。
“どーせ背格好も声も性別も変えれるしなぁ”と考えながら無陀野のものも選び終えると、そのタイミングを見計らって一ノ瀬が声をかけてくる。
「鳴海!このカツラどう!?」
「ん~?あ、いいじゃん!普段と全然違うし、似合ってる!」
「へへっ!じゃあこれにしよ~っと!」
「帆稀ちゃんは?もう選んだ?」
「わ、私は…残ってるもので…」
「そんなこと言わないの〜!ん~普段が肩ぐらいだから、思い切ってショートとかどう?これとか!」
「……どう、でしょう?」
「うん!イメージ変わるね~可愛い!」
「あ、ありがとうございます…!」
「女の子は着飾ってなんぼだからね!水鶏ちゃん~ロクロちゃんのはその辺にして、自分の選びな~」
「あ?私のは別にどーでもいいんだよ。鳴海が勝手に選んどいて!」
「もう~!迅ちゃんは?決めた?」
「何でもいい。」
「じゃあ2人分、まとめて選んじゃうからね!」
無陀野の機嫌が段々と悪くなっているのを感じ、鳴海はテキパキと漣・皇后崎ペアのカツラを選んでいく。
こうして何とか全員がカツラを選び終えると、当日までに偽名を決めておくよう指示を出してから無陀野は教室を出て行った。
「いきなり偽名って言われてもな~思いつかねぇよ。」
「自分の名前を少し変える感じで考えてみたら? “四季” だったら、春夏秋冬から選ぶとか。」
「なるほど!じゃあ~ナツ!」
「ふふっ。いいね!合ってると思う。」
「で、鳴海はハルな!」
「へ?何で?」
「俺のと続けて読んだら “ハル・ナツ” になるから!」
何とも無邪気な笑顔でそう言う一ノ瀬に、鳴海も思わず笑ってしまう。
特に拒否する理由もなく、むしろ明るいイメージのその名前を鳴海は喜んで受け入れた。
それから1週間後、無陀野組は東京にいた。
東京で働く各部隊の見学のため…あくまで学びに来ていることを忘れてはいけない。
緊張感を持って行動すべきだ。
「なんだよー!東京でも光が丘かよ!埼玉に片足突っ込んでる、ギリ東京じゃん!新宿とかならブラっと買い物できんのに!」
「おい、遊びに来たのか?何しに来た。」
「学びに来ました…」
「あと光が丘を馬鹿にするな。埼玉も。」
「すんません…」
「ただでさえ京都の一件で変装と偽名が必要なんだ。」
遊びモードの一ノ瀬を𠮟りつける無陀野の姿は、いつもの黒髪ではなく、鳴海が選んだ金髪のカツラを被っている。
名前もコンドウという偽名で呼ぶよう、東京に来る前に生徒たちへ強く言い聞かせていた。
そしてその生徒たちもまた、それぞれ自分たちで選んだカツラと名前で変装している。
「でもその髪型似合ってるよ、コンドウ先生!」
「なら良かった。ハルもあまり違和感がないな。」
「ほんと?女の子だしいつもより身長低めにしたから違和感あるんだよね〜」
「そんなことはない。…似合ってる。」
そう言って “ハル” こと鳴海の髪を優しく触る無陀野。
いつもの変装ではなく今回は生徒側として変装した鳴海。身長も平均より少し低く、ザ・女の子!を目指した感じに設定した
と、不意に鳴海の耳元に口を寄せると、無陀野は声のトーンを落として声をかけた。
「鳴海、分かってると思うが…お前は特に気をつけろ。外では何があっても変装をとくなよ。」
「うん。」
「知らない奴に声をかけられても相手にしないこと。返事もしなくていい。」
「過保護すぎじゃない?」
「大事な存在だと言っただろ。」
「!」
「言うこと聞けるな?」
「了解!」
鳴海の返事に少し口角を上げた無陀野は、彼の頭にポンと手を乗せる。
それから再び生徒たちの方へ目を向けると、この後の流れについて話し始めた。
「今日はこのままホテルで休む。明日朝一から弾丸で見学だ。時間があれば鳴海の部隊にも顔を出す予定だ。覚悟しとけ。京都のせいで色んな予定がおじゃんだ…全く…それとナツ、明日見学後ここで採血受けに行け。」
「採血?なんで?」
「お前の血を調べるんだ。あとハル、真澄が会いたがってる。お前も途中から別行動だ。」
「真澄くんに会える!やったー!」
話が終わると、無陀野は生徒たちを引き連れホテルに向けて出発した。
自分だけ “採血に行く” という面倒なことを言いつけられた一ノ瀬は、ガックリと肩を落としながらグループの最後尾を歩いていた。
その途中、提灯の淡い光に誘われるように目を向けた先で、”光が丘公園祭り” の文字を発見する。
祭りと言えば夏をイメージするが、秋の風を感じ始めた10月でもやっていることに興味を覚える一ノ瀬。
先程の無陀野の話では、この後はもう帰ってる寝るだけで予定はない。
そして自分の少し前方を大好きな天使が1人で歩いている。
これだけの条件が揃えば、彼が考えることは1つだ。
「鳴海…!」
「! 名前気をつけて…って、ん?」
呼ばれたことに焦って振り返る鳴海に、一ノ瀬は無言で祭りの方を指さした。
一瞬パっと明るい笑顔を見せる鳴海だったが、すぐに表情を引き締め首を横に振る。
先程無陀野から気をつけるよう言われたばかり…遊びに行くわけにはいかない。
「俺どっか行かないから!鳴海から1秒も離れない!約束する!!」
「いや、でも…!」
「誰かが話しかけてきても、俺が全部対応する。鳴海は黙って俺の後ろにいれば、ムダ先の言いつけ破ってねぇじゃん!」
「んー…まぁそうなんだけど…」
「それとも祭り嫌い?行きたくない?」
「そんなことない!行ったことないし、正直…めちゃくちゃ行きたいよ。」
「なら!!」
「でも人混みがすごいし…ちょっと怖い、かな…!」
そう言って少し俯く鳴海を静かに見つめていたかと思えば、おもむろに鳴海の手を取る一ノ瀬。
驚いて顔を上げる鳴海にニカッと笑いかけると、一ノ瀬はそのままその手をギュっと握り締めた。
「俺がずっとこうやって手繋いでる。」
「!」
「絶対離さないし、誰も近寄らせない。俺が鳴海のこと守るから!」
「四季ちゃん…」
「俺…鳴海と祭り行きたい。ダメ?」
握った手に力を込め、一ノ瀬は真っ直ぐな目を鳴海に向けた。
瞳の奥に見え隠れするウルウルした子犬のような何かを感じ取り、鳴海の母性本能が刺激される。
一ノ瀬の一途な想いに胸を打たれた鳴海は、”名前に気をつけられるなら…少しだけ” と了承の意を返した。
天使との祭りデートにテンション爆上がりの一ノ瀬は、鳴海の手を握り締めながら公園内へ足を進める。
1歩中に入れば、そこには提灯の光に照らされた楽しそうな人々の姿があり、道の両脇にはたくさんの出店が並んでいた。
途中で買ったリンゴ飴やチョコバナナを頬張っている間も、一ノ瀬は絶対に手を離そうとしなかった。
「これ美味しい」
「食ったことねぇの?」
「今日初めて食べた…ってどうしたの?」
「いや、鳴海…じゃなくて、ハルが楽しそうで良かった~と思って!」
「! …誘ってくれてありがとね。」
「お礼言うのは俺の方。一緒に来てくれてマジで嬉しい!ありがとな!」
そう言ってお互いに笑顔を向ける2人は、傍から見れば普通の高校生カップルにしか思えないだろう。
そんな楽しそうな2人の耳に、ふと聞こえてくる子供の声。
どうやら射的の景品が取れず、泣いているようだった。
「取れないー!」
「! 射的か~」
「ナツちゃん、得意そうだよね!」
「まぁな!」
「お姉ちゃん、取れないー。1番の景品小さすぎるよ!」
「…出番じゃない?」
「だな!……ちびっこ姉弟、俺が取ってやるよ。」
「お兄ちゃんできるの?」
「ふふ…無理だぜ、兄ちゃん。」
「誰よ。」
「俺は店長ののぶ男、人呼んで太郎…まぁシェリーって呼んでくれ。」
「薬やってんのか?」
「ぶふっ!ちょっとナツちゃん…!」
「だって意味分かんねぇこと言ってから。あ、ハル。一瞬手離すから、俺の服掴んでてな?」
「うん、分かった!」
笑顔で返事をした鳴海が自分の制服の裾を掴むのを確認すると、一ノ瀬は慣れた手つきで射的用の銃を構える。
そして少年が小さいと嘆いていた1番の的に狙いを定め、銃の引金を引いたのだが…
「あれ?今…」
「弾…2つだったよな?」
「うん。」
「「え?」」
同時に聞こえた2つの声…1つは当然一ノ瀬のものだ。
だがもう1つは鳴海ではなく、一ノ瀬の左側で銃を構えていた長髪の男性から発せられたものだった。
いつの間にか立っていたその男性に驚く鳴海を他所に、男2人はすぐさま銃を構え直し、次々に的を射抜いていく。
鳴海や姉弟はもちろん、店長までもが驚く中、2人はついに店の景品をフルコンボしてしまった。
大量の景品を両手に抱えた2人は、先程の姉弟にその全てをプレゼントした。
「この玩具たちは、君たちの所へ行きたがってるみたいだ。」
「いいの!?」
「大事にしてくれるかい?」
「うん!ありがと!」
「俺もやるよ。」
「えーあっちのがいいのあるー」
「んだと!?」
「でもありがと!」
「2人とも、すごい上手だったね!まさか全部当てちゃうなんて。」
「ありがとう。」
「ししっ!あ、これはハルにあげる!」
「わぁっ、可愛い!ありがとう! 」
獏のぬいぐるみを一ノ瀬から手渡された鳴海は、嬉しそうにそれを受け取った。
そして思いがけず出会った、自分と同じぐらい銃の扱いが上手い長髪の青年を入れた3人は、公園の外れにあるベンチに腰を下ろした。
見知らぬ青年ということで怪しい存在だったが、子供たちとのやり取りから危険性はないだろうと、鳴海と一ノ瀬の意見は一致したのだ。
ベンチに座るなりラムネを2本差し出すと、青年は穏やかに声をかけてくる。
「どうぞ。おかげでいいプレイができた。」
「サンキュ!」
「私まで…!ありがとう!」
「どういたしまして。彼女と一緒にお祭りデートなんて羨ましいな。」
「あ、いや、そういうんじゃ「だろ?めちゃくちゃ楽しかったんだ~!」
“なっ!” とこちらに満開の笑顔を向けてくる一ノ瀬に、鳴海は何も言えず照れ臭そうに笑顔を返した。
それから銃という共通の趣味で盛り上がり楽しそうに話す男2人を、鳴海は優しい笑顔で見守っていた。
「めっちゃ話合うじゃん…えーっと…」
「あぁ、つい名乗るの忘れてた。僕は神門…神の門で神門。君は?」
「俺は四…あー…ナツ!」
「ナツは8月生まれかい?」
「いや、2月。」
「はは!両親は独特な感性を持ってるね!そちらの彼女さんは?」
「あ、ハルです!よろしく!(誰かと思ったら神門ちゃんか…変装中かな?)」
「こちらこそ。ナツとハルか…運命みたいな2人だね!」
「そうなんだよ!つーか、呼び捨てでいい?多分タメくらいっしょ?」
「うん、僕は19歳だよ。」
「マジかよ、年上かよ!」
「あ、そうなんだ…!」
「大きく括れば同じ未成年だ。」
「器デカいな!じゃああれか、大学生とか?」
「ううん、お巡りさんやってる。」
「デコスケ!?マジかよ。苦手だわ、お巡り。」
「得意な人もなかなかいないよね。」
「でも神門みたいな警察官ならいて欲しいかも!」
「ふふっ。ありがとう!」
「なぁ、なんで警官なんかなったんだ?」
「んー悪人から市民を守りたい…的なやつかな。」
そうして神門は自身の信念について語り始める。
パっと見だけでは、その人の良し悪しは判断できない。
その人が悪かどうか、しっかりと自分の目で見て決めたいと…
ただ上司が真逆のタイプで、価値観の違いで苦労していると、話を締めくくった。
「まぁでも神門は神門なんじゃね?上司関係なくさ。誰かに言われて曲げるのとかもったいねぇじゃん。むしろ俺は神門の考えに1票!」
「私も!人と真剣に向き合おうとする神門の考え方…私はすごく好き。出来てない人の方が圧倒的に多いけど、神門くんなら絶対できる。だから貫いて欲しい。(ほんとに気が付かないんだ…)」
「はは!そっか…!凄いね、ナツもハルも。人の素晴らしさに年齢関係ないのがよくわかるよ。」
「やめろよ、恥ずいな。」
「褒められちゃった…!」
「おっと、もう行かないと怒られちゃう。せっかくだし、ライン教えてくれないかい?今度ゆっくりでかけよう。」
「あーいいけど、俺らこっちに住んでねぇんだよね。」
「そうなんだ、どこなの?」
「んー…上の方…?」
「(誤魔化し方ヘタクソか…!)」
「ははは!本当に面白いな。」
「…あ!明日の夕方くらいなら空いてるわ。」
「じゃあどこか行こうか。」
「OK!」
「よし!登録完了!ハルのも…と思ったけど、女性の連絡先聞くのはマズいか。」
「おう、ハルのはダメ!連絡取りたい時は、俺経由な。でも明日はハルも行くだろ?」
「ううん、やめとくよ。こんなに趣味が合う2人の間に女が入るのは野暮だと思う。男同士楽しんでおいで?(俺までいたらボロ出そうだしね)」
明るい笑顔でそう言った鳴海に、男2人は面食らったような表情になる。
そして互いに顔を見合わせて少し笑みを見せると、何やらコソコソと話し始めた。
「ハルは素敵な女性だね。」
「知ってる~!惚れんなよ?」
「大丈夫。人の彼女に手を出す趣味はないよ。」
「(あ、そうか…今俺の彼女設定なんだった。勢いでそういうことにしたけど、あとで鳴海に謝んないとな…)お、おう…!」
「じゃあありがとう!楽しかったよ。」
「おーう!しっかり働け公僕!」
「頑張ってね~!(うちの部隊動かして色々と探りを入れてみるかな)」
神門と別れた後、鳴海と一ノ瀬は再び手を繋ぎながらホテルへの道を歩いていた。
思わぬ素敵な出会いに、2人の会話は弾む。
「おもしれーお巡りだったなー」
「うん!あんな柔軟な考え方のお巡りさんもいるんだね~」
「あいつとは、いい友達になれそーだわ!」
「ふふっ。良かったね!さっきの2人、本当に楽しそうだったもん。」
「確かに楽しかった!……あ、そうだ。鳴海、ごめんな。」
「ん?何、急に。」
「いや…調子に乗って、俺の彼女ってことにしちゃったからさ…」
「あ~全然!羅刹戻ったら滅多に会えないし、きっとそんなこと忘れちゃうよ。だから気にしないで?」
「…そうだよな。ありがと。(…あれ?何か今、モヤっとした…?何でだ…)」
自分の心が少しずつ変化していることに気づかぬまま、一ノ瀬は鳴海の手を改めて強く握り締め歩き続ける。
2人に特大のゲンコツが落ちるまで、あと1時間…