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会えない時間があったからだろうか、以前にも増して孝太郎の溺愛っぷりに拍車がかかった。
朝のおはようメールから始まって、少しでも時間があればランチに誘ってくるし、夕方も2日に1度は私の部屋に帰ってくる。
もうどっちが孝太郎の家なんだかわからない生活。
もちろん私も孝太郎が好きなわけだから、一緒にいられるのは幸せなんだけれど・・・
「ねえ君、綺麗だね。モデルさん?」
「いえ」
孝太郎と付き合うようになってから街中でよく声をかけられるようになった。
スカウトだったり、ナンパだったり、形は様々だけれど、とにかく呼び止められる。
徹に言わせれば、「お前の幸せが顔に出ているから」らしい。
実際最近の私は、孝太郎の側にいても恥ずかしくないようにときちんと化粧をするようになったし、着るものも女性らしいものを選ぶようになった。
それに、「あんた、顔が優しくなったわね」って母さんに言われるくらいだから、表情の変化もあるんだと思う。
「ねえ彼女、僕こういうものなんだけれど」
後ろから追いかけてきた男性が差し出した名刺。
書かれていたのは大手プロダクションの名前。
「良かったら少し話できないかな?」
「いえ、私は」
興味ありませんと言いたいのに、
「そんなに時間は取らせないから。ねえ、いいでしょ?」
「いえ、本当に」
結構です。と言いかけた私の肩に手が乗せられた。
随分強引ね。
その辺のナンパよりたちが悪い。
「何でも好きなものをおごるからさあ」
ちょっと強引に肩を引こうとされたその時、
「麗子」
聞き慣れた声がして、孝太郎が現れた。
なんとも険悪な雰囲気に視線を泳がせる私と、さっきまで私の肩に手を乗せていた男性を交互に見て、
「彼女に何か?」
とっても冷たい声で、男を威嚇する。
「イヤ・・・」
孝太郎の高そうな身なりと、威圧感に男はすぐに引き下がり去って行った。
「ありがとう、助かったわ」
もちろん1人で対応できないわけではないけれど、孝太郎が現れてくれたお陰でしつこく絡まれないですんだ。
***
珍しく午後から時間がとれたという孝太郎と、私は並んで街中を歩いた。
取り立てて何の目的があるわけでもないけれど、ブラブラと見て回るだけでとても楽しい。
ああ、マズいな。
こうやって孝太郎の隣にいることに慣らされている自分がいる。
「なあ」
え?
私と同じく、2人でいることに幸せを感じてくれていると思っていた孝太郎の声が思いの外険しくて、びっくりした。
「どうしたの?」
「お前、何でそんなに綺麗なんだよ」
はああ?
ポカンと口を開けたまま見返してしまった。
「ちょっと目を離すとすぐにナンパされてるし」
「だって、それは・・・」
私が望んだことじゃない。
さすがに、思いっきり孝太郎を睨み付けた。
「そうだよ、その顔をしてろ。そうすれば誰も声なんてかけないから」
「私、帰る」
せっかくのデートだと思って喜んでいたのに、いわれのない嫉妬で攻められる覚えはない。
くるりと方向転換をして背を向けた私。
「待てよ」
後ろから孝太郎が私の腕をつかんだ。
そして、
ギューッと抱き寄せられた。
「ウソ・・・」
ここは街中の往来。
当然人の目があるわけで、
「孝太郎?」
何かあったの?どうしたの?
聞こうとした私は、孝太郎にすっぽりと包み込まれ言葉が続かない。
「よそ見をするな。お前は、俺だけを見ていろ」
耳元にそっとささやかれた言葉。
私の胸の奥が、キューンッと締め付けられた。
***
「何が食べたい?何でも付き合うぞ」
孝太郎がやたらと機嫌を取ってくれる。
理由はわかっている。
さっき、街中で私を抱きしめたから。
孝太郎は、そのことを私が怒っていると思っている。
フフフ。
かわいい。
実際、私は怒っていないのに。
もちろん恥ずかしさはあるけれど、好きな人に抱きしめられて嫌な気持ちになるはずはないんだから。
「昨日はフレンチだったから、たまには寿司でも行くか?」
黙ってしまった私に、孝太郎が色々と提案してくれる。
けれど、孝太郎の言うお寿司ってきっと回っていない高級店。
ちょっと敷居が高いなあ。
「回転寿司は?」
「ええ?」
正直言って、高級なお寿司よりオニオンとマヨネーズがのったサーモンが好き。
ウニだってイクラだって半分キュウリで隠れているくらいがちょうどいい。
「それでいいのか?」
「うん」
私には十分ご馳走。
「でも、その後はあそこに行きたい」
おねだりするようににっこり微笑んでみた。
「ククク。いいよ。麗子、あの店好きだなあ」
孝太郎も賛成してくれた。
***
チェーン店の回転寿司で夕食を済ませ、運転手付きの車でやって来た都内の一角。
結構街中なのに、大きな公園に隣接しているせいか緑が多くて静かな場所。
乗ってきた車から降りると、大きなゲートがあり、その先に緑の小道が続いている。
「いつ来ても静かでいいところね」
「そうだな」
ここは、都内にある会員制のクラブ。
大きな洋館を一軒使った作りで、中も広々としていてゆったり落ち着く空間。
高い会費を払ったお金持ちや有名人しか利用できない店だけに、ここでなら誰の目も気にする事なくのんびりできる。
孝太郎と付き合うようになって、私は育った環境の違いに何度も驚かされた。
だからといって、うらやましいと思うわけではない。
お金があって、高級なものを持っていればいいというものではないと思うし、私自身も普段利用する一般的な物の方が好き。
でも、この店だけは別。
ここに来れば本当に落ち着く。
出過ぎないサービスと、ゆったりとした空間は心をリフレッシュしてくれる。
「麗子」
ん?
先を歩いていた孝太郎の携帯が鳴って、画面を見た瞬間顔つきが変わった。
「仕事の電話だ。悪いけれど、先に入っていてくれ」
「はい」
何度か訪れている店だし、迷うこともなく私は返事をした。
店の人の案内に続き、広めのホールへ。
いつもなら孝太郎が席を決めてくれるんだけれど、
さあどこに座ろうかなって思っていたとき、意外な人が目にとまった。
「あれ、麗子さん?」
相手も気づいたようで手を振ってくれる。
一瞬躊躇ったけれど、私は彼女の席に駆け寄った。
***
「どうしたんですか?」
突然現れた私に、驚いた顔をしたのは一華ちゃん。
一緒に飲みに行ったのがきっかけで、お互い名前で呼び合う仲になった。
とは言え、会社の外で会うのはこれが2回目。
それに、出会ったのがここだって事が意外だった。
そりゃあ鈴森商事も上場企業な訳で、そこの総合職の女の子ならそれなりの給料はもらっているんだと思う。
でも、ここはOLさんが1人で来る店ではない。
もしかして、
「一華ちゃん、どなたかお連れがいるの?」
お金持ちの彼氏と一緒っていうならわからなくもない。
「いいえ、1人です。今日はストレス発散に飲みに来たんです」
「へえー」
それ以上聞けないまま立ち尽くしていると、
「どうぞ座ってください。麗子さんの連れは電話中でしょ?きっとまだかかりますから、来るまでいてください」
「え、じゃあ」
勧められるまま、私は席に着いた。
とりあえず、一華ちゃんが飲んでいたカクテルと同じ物を注文し、ホッと一息。
「うぅん、美味しい」
「でしょ、このカクテルオススメなんです」
「ふーん」
随分常連な発言。
もしかして、一華ちゃんはいいところのお嬢さんなのかしら?
それなら秘書課にでも配属になりそうな物なのに、普通に営業の仕事をしてるし、
「私がここにいるのが不思議ですか?」
私の言いたいことに気づいたらしく、一華ちゃんの方が聞いてきた。
「そうね、少し」
気にならないと言えばウソになる。
***
「実は、私の父は会社を経営しているんです。見えないと思いますが、これでも社長令嬢です」
ちょっと恥ずかしそうに話し始めた一華ちゃん。
「へえー、知らなかった。でも、なんで営業にいるの?」
どう見ても、お嬢様にはかけ離れた部署だと思うけれど。
「父も母も兄も、みんな私が働くことに反対で、大学卒業の時にもめたんです。まともに就職試験を受けさせて、実力を評価してくれないなら、家を出てよその会社に入るって脅したんです」
「ふーん。でも、どうしてそこまでこだわるの?」
あまりちゃんと働いてきていない私にはわからない感覚なのかしら。
「まず、うちの母が世間知らずのお嬢様で、世界は家庭の中だけ。夫と子供命みたいな人なんです。とにかくこだわりが凄くて、食べるものはすべて手作り、買い与える物も一番いいもの。こっちの希望とか無視ですから」
「でも、それだけ家族を大事にしているって事でしょ?」
聞いているだけだといいお母さんだけれど。
「度が過ぎるんです。それで、反面父は仕事が忙しくて子供は放置で、一緒に出かけたこともありません」
「ふーん」
私は父がいないから、それはよくわからない。
「それでも、子供の頃は幸せだと思っていたんです。何不自由なく育ちましたから」
そうだろうな。
やっぱり、お金があって、ご両親がそろっているって幸せなことだもの。
***
「そんな私が何か違うと思い始めたのは、10年ほど前、兄が大学受験をするときでした」
「お兄さん?」
「ええ。兄は頭も良かったし、運動もできたんですが、それ以上に絵を描くのが好きで、とても上手でした。小さい頃から絵を習っていましたし、コンクールで入賞する度に母も喜んでいたんです。きっと美大に行って画家になるんだろうと思っていました。でも」
「でも?」
「父が反対したんです。家には男の子は兄しかいませんでしたし、『会社を継ぐのに美大へ行ってどうするんだ』と、あっさり却下でした」
「それで、お兄さんはどうしたの?」
聞いているうちに興味がわいていて、私は身を乗り出した。
「さすがにはじめは抵抗して1週間部屋に閉じこもったんですが、ふらふらになって倒れたところを病院へ運ばれて、母や祖父母に説得されて、キッパリ絵を辞めました」
「そう」
なんだか、お兄さんがかわいそう。
「その時思ったんです。私は自分の意志で生きていく。そして、母のような誰かのために生きる家庭人ではなく、働きながら自分のために生きるって」
「なるほどね。だから一華ちゃんは、営業なんて女の子にはキツイ職場を選んだのね?」
「はい」
お金持ちにはお金持ちの苦労があるのね。
私には縁がないけれど。
「麗子さん」
1杯目のカクテルをちょうど空けたところで、真面目な顔をした一華ちゃんが私を呼んだ。
「何?」
「だから、私は兄に幸せになってもらいたいんです」
「うん」
何が『だから』なのかはわからないけれど、話を聞いて一華ちゃんのお兄さんがかわいそうに思えたし、幸せになって欲しいと思う。
ちょうどその時、
「麗子」
入り口から孝太郎が入ってきた
***
「お前もいたのか」
いきなり会社の子と一緒にいることをどう説明しようかと思っていると、孝太郎の方が一華ちゃんに話しかけ始めた。
「いたわよ。悪い?」
「別に」
ん?
何、この会話。
えっと、2人は会社の専務と社員。
でも、そんな会話ではない。
「麗子?」
「麗子さん?」
孝太郎と一華ちゃんの声に、反応できなくて私は固まった。
「もう、お兄ちゃん説明してあげなさいよ」
「ああ、そうだな」
ええええ。
お兄ちゃん?
「麗子、こいつは俺の妹だ」
「ウソ」
そんなこと、全く聞いてない。
「黙っていてごめんなさいね。社長の娘って見られるのがイヤで隠しているの」
一華ちゃんも謝ってくれた。
でも、と言うことは、さっきの話は孝太郎の話なのよね。
「じゃあ、私はそろそろ帰るから」
呆然としている私を置いて、一華ちゃんは席を立ってしまった。