ごきげんよう、決戦間近のシャーリィ=アーキハクトです。傭兵王との口上を終えて私達は陣地へと戻りました。準備は万全ですが、問題点としては雨天であることです。
徐々に雨足は強くなり、冷たい雨が真夏の暑さで火照った身体を冷やしてくれますが、ずっと浴びていると風邪を引きそうです。
別の問題もあります。強い雨はそれだけ視界を制限すると言うこと。砲兵隊も準備万端で待ち構えていますが、視界が悪ければそれだけ命中率が下がります。
目標はリューガの首ただ一つですが、あの戦車が厄介です。結局有効な手段を確立できませんでした。戦車用の大砲、『帝国の未来』にあった対戦車砲が欲しいところですね。
戦車に対する攻撃は、砲兵隊を率いるマークスさんも自信無さげでしたからね。無理もありません。高速で動き回る戦車に直撃させるなんて至難の技です。
「おっと。シャーリィ、どうだった?あいつら敗けを認めたか?」
塹壕へ飛び込んだ私を受け止めた
ルイが聞いてきました。
「手打ちを望んできましたよ。条件は『黄昏』をそっくり受け渡すこと」
「へぇ、つまり連中はシャーリィの地雷を踏み抜いたわけだ。度胸があるな」
「自覚があるとは思えませんが。強気の姿勢を示さなければいけないのでしょう。憐れみさえ覚えます」
シスターの言葉通り、此方の工作で『血塗られた戦旗』内部はガタガタ。強い姿勢を示さなければ誰もついて来ない。まあ、そう仕向けたのは私達なのですが。
次の瞬間、三キロ離れた敵陣営から雄叫びが挙がりました。
「奴さん、やる気だな。お嬢、どうする?」
「最優先目標は変わりません。リューガを引きずり出すために、彼らの拠り所である戦車を何とかしなければいけません」
「はっ、砲撃で粉砕を狙います」
「うむ。配置につけーっ!!」
マクベスさんの号令で各自が配置につき、私も幹部連と一緒に配置につきました。先ずは小銃を借りて射撃を行います。
雨足はますます激しくなり、まるでバケツをひっくり返したような雨が降っています。
塹壕内は水が溜まり、私も足首まで水に浸かっています。長時間だと身体を冷やしてしまいますね。確かにこれは過酷です。
視界は悪いものの、敵の動きを確認することはできました。敵は戦車二両を先頭に押し立てて、凡そ百騎の騎兵がこれに随伴。その後方に十台以上の装甲馬車。その後ろに歩兵団と思われます。
これらの集団は広く展開しており、此方の砲撃を警戒していることが分かります。与えられる打撃には限界があるかもしれませんね。
「お嬢様、二キロで砲撃を始めます。ご期待に添えるよう尽力しますが……」
「砲弾は充分にあります。日頃の訓練の成果を存分に発揮してください」
「はっ!」
新たに一門手に入りましたからね。四門の砲撃は、『血塗られた戦旗』も無視できないはず。
マークスさんが塹壕を出て後方の砲兵陣地へ向けて走って行きました。後は連絡員を介してやり取りを行うことになります。
……不便ですね。早く通信手段を確立したいところです。
「シャーリィ、傭兵王の奴は前に出てないな?」
「戦車の後ろに隠れているのでしょう。先ずはあの戦車と騎兵を何とかしないといけません」
出来れば足の遅い歩兵や装甲馬車と一緒に来てくれれば良いのですが、此方の思惑通りにはいかないようです。
二キロ地点直前で敵戦車は加速。それに合わせて広く分散した騎兵達が一気に前に出てきました。
まだ騎兵の方が速い。此方の攻撃を分散させるのが狙いでしょう。
しかし、雨で濡れて|泥濘《ぬかるみ》もたくさんあるのに、見事なものです。傭兵だけあって錬度も高い。
「目標を見失うな!撃ち方始めーっ!!」
マークスさんの号令で砲兵隊が轟音を砲撃を開始しました。狙いは敵戦車のみ。最悪騎兵隊は私達が相手にしなければいけませんが、戦車を相手にするより遥かにマシです。
撃ち出された砲弾は雨と大気を切り裂きながら直進。敵戦車の周辺に着弾しましたが、やはり直撃以外ではダメージを与えられない様子。
「シャーリィちゃん、海賊衆は遊撃に回るよ。カサンドラの奴が居ないんだ」
エレノアさんの言葉を聞いて、私も首をかしげました。カサンドラと呼ばれる敵幹部は騎兵隊を率いているはずですが、確かに見当たらない。雨に紛れて別行動を取っている可能性もありますね。
「分かりました。お任せします」
海賊衆三十人とエレノアさんが抜けるのは痛手ですが、不意打ちをされるよりは良いと判断しました。
「装填急げ!砲弾の雨を降らせるんだ!」
砲兵隊は絶え間なく砲弾を撃ち込み、外れても周囲の敵を吹き飛ばしてはいますが、肝心の敵戦車は未だに健在。既に双方の距離は一キロを切っています。
直接照準で狙いを付けていますが、ジグザグに動き回る戦車に命中弾を与えることは出来ません。
「騎兵が来るぞ!射撃用意ーっ!!」
ダンさんの号令で皆が小銃や機関銃を構えます。
「泥だらけだな、こりゃ」
「泥まみれですから、洗濯が大変そうです」
「あはは、今から嫌になることを言わないで下さいよ……」
ベルモンドの呟きにシスターが返して、エーリカが苦笑いをしています。
洗濯より私はお風呂に入りたい。
「敵騎兵突出します!距離七百!」
マクベスさんの言葉に皆が身を引き締めます。
幹部連は今回もセレスティン、ロウ、アスカはお留守番。『黄昏』を空けるわけにもいきませんからね。
マーサさんはリナさん達と一緒に昨晩出撃。計画通りなら敵の大砲を潰して戦車隊と一緒に戻って来ているはずですが、まだ見当たらない。
メッツさん率いる『海狼の牙』からの援軍はまだ伏兵として伏せています。あちらも気付いていない様子なので、奇襲は成功するでしょう。
「騎兵を狙うな!馬を狙え!機関銃分隊は制圧射撃!面制圧を心がけろ!」
ダンさんが塹壕内を走り回りながら指示を出しています。迫り来る騎兵に合わせるように、雨が勢いを失って小降りとなっています。
天運はあちらにある様子。
ですが構いません。この世界が意地悪なのは今に始まったことではありませんからね。
「距離二百!撃ち方始めーっ!!」
まだ少し距離はありますが、今回は弾薬も充分にあります。私達はダンさんの号令に従い引き金を引きました。
耳を塞ぎたくなるような轟音を響かせて無数の銃弾が撃ち出され、騎兵隊に襲いかかります。
私が狙った騎兵がよろめいて落馬したのを確認。日頃の訓練の成果を噛み締めながら、私は次弾を撃つために狙いを定めるのでした。長い一日が始まります。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!